塾の先生のつぶやき

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「真面目に生きなければ死ね!」
「真面目に生きなければ死ね!」は言い過ぎか?
 
この話は、いろいろと賛否両論あり、不快に感じる人もいるかもしれません。妻ともその良し悪しをいろいろ話してきました。そんな時、ある一冊の本に出合いました。「ほめると子どもはダメになる」という本です。この本を読み進めるに従って私は確信を得たと感じました。私が言いたいのはまさにこのことだったのだ!と…
 
先日、国会議員の丸山代議士が、憲法委員会の中で「黒人大統領=どれい」という発言が
取沙汰され、野党や同僚の自民党まで「差別発言だ!」という事件がありました。
ことの真相はテレビ中継され、テレビで取り上げた個所が断片的で、丸山氏が伝えようとしたこととは真逆のとらえ方がされたらしい。
 
312日、港北学館の新年度説明会でも同じような感覚を覚えました。
説明会の内容で、最近の親子関係では「友達のような親子」や「子どもにとって一番の理解者である親」が増えたという話をしました。
それは、あまりよくないということを説明するために2つの例を挙げました。
 
1つ目はスリッパ事件:中3の男の子がスリッパを履かずに教室に上がり、私から注意を受けました。そのとき、生徒は「面倒くさい」と拒否しました。そのことに対して私が厳しく叱って家に帰しました。「その態度は何だ。ふざけるな。勉強なんてしなくていいから家に帰れ!二度と塾に来るな!」と…その後、親から謝罪の電話があり、塾を続けさせてくれと親ともども謙虚に申し入れてきました。自分の子どもの非を親が感じて謝罪してきたことは大変勇気があることでとても感心しました。ともすると、子どもの主張に言いくるめられ、子供がしたことを棚に上げ、罵声を浴びせた教師の責任を追及しようとする親もいます。
 
2つ目は「死ね!」事件:小6の男子生徒が、宿題を忘れ、漢字テストも毎回合格しない
で授業中に悪態をついていました。そんなとき私が「バカは死ななきゃなおらない」とその生徒に向かって言いました。その男子生徒は「人に死ねなんて言ったらいけないんだよ」といつもの言い返し、自分の非を全く認めないで、相手の揚げ足をとる。私はふざけて「ふざけるな、お前なんか死んでしまえ」と、案の定、生徒は「あ〜いけないんだ。そんなこと言ったら。お母さんが言っていたよ。人に向かって『死ね』っていったらいけないって、お母さんに言っちゃおう」と私を懲らしめようとして告げ口をするというのです。自分が宿題をやらず、テスト勉強もしてこないことを棚にあげて、こちらを攻めてくるのです。こちらも、案の定、母親からクレームの電話が来ました。うちの子どもに「死ね」と言わないでください。と…こどもの言動を真に受けて、教師に文句を言ってくるのです。
 
この二つの親の対応の違いが、子育てには重要であることを説明しました。たまたま読んだ「ほめると子どもはダメになる」榎本博明著 の中にも同じような例がありました。
※是非、この本を読んで下さい。子育ての基本が書いてあると思います。
1つ目の親は、自分の子どもの本質をしっかりとらえて、自分の子どもの非を真正面から受け止め、子供にきちんと諭してくれたのでした。そして、私がとった行動に対して、信頼をしてくれたのです。私の正論(教育的配慮)を信じてくれたのでした。
2つ目の親は、自分の子どもの本質を見抜けず、子どもの言うことだけを信じ、自分の子どもの正当性を主張してきたのです。まさに「ほめると子どもがダメになる」典型的なパターンです。自分の子どもが犯した罪についてはオブラートに包んだままで、正面から見ようとはせず、「死ね」という断片だけを切り取って、港北学館が躾けようとした言動を信じてもらえなかったのです。これでは、正直言って教育などできません。躾けもできません。
勉強をする以前の問題でした。
 
ここでの問題点は2つです。
一つは、子どもは、親に言えば何でも自分の都合のいいようにしてくれると考えることです。自分の気に入らないことがあれば、すぐに親に言って改善してもらえるという甘い考えを持つことになります。こういう子どもは親を、大人を馬鹿にします。もちろん、先生や目上の人も、大人を大人と思いません。ある意味、対等であると思い込んでいるのです。だから、自分の主張をすべて正しいと勘違いするのです。そして、厳しく怒られると逆切れするのです。反省などしません。だって、常に自分が正しいのですから。
二つ目は、親の子どもに対する期待感、信頼感が強すぎるという点です。昔「うちの子にかぎって」という番組があったと思いますが、「うちの子はいじめなどをする子ではありません」「うちの子が万引きなどするような子ではありません」「うちの子がそんなことをするような子ではありません」「うちの子が・・・」自分の子どもを信頼するのは決して間違っていません。親だけが子どもを守ることができる最後の砦です。しかし、子どもの自立を考えた場合、その精神構造を親が分かっていないと、甘やかすだけの子育てになってしまいます。子どもには何度も反抗期があるのです。親から離れたい欲求を当然のように持っているのです。ですから、親の言う通りには子供たちは動きません。良いこともすれば、当然悪いこともします。ですから、子ども時代はいたずらが大好きなのです。そんな時、やっていいことと悪いことの判断を親がきちんと教え込まないといけないのです。
「ダメなものはダメ」という絶対的な権威をしめさなければならないのです。そうすることで、まっとうな社会人になっていくのです。子どもを信頼するあまり、判断を緩めてしまってはいけないのです。
 
そんな話を説明会でしました。私の話があまり上手ではなかったのかもしれません。そんな中、最後に質問してきた親がいました。この親もやはり「子供に向かって死ね」という言葉はよろしくない。違和感があると意見を述べてくれました。
賛否両論があるテーマですが、「死ね」という断片があまりにも強烈すぎて違和感があったかもしれません。しかし、私としましては、この断片的な言葉だけで港北学館を判断して欲しくないと思いました。私たちは真摯に子どもの教育に取り組んでいます。決して、成績を上げるとか、志望高校に合格させるとか、それだけで勉強を教えているのではないということを分かって欲しいと思います。将来を担う子どもたちがそれぞれ社会に出て活躍できるように、社会性を養い、自分で勉強するスタイルを身に着けさせ、困難にも立ち向かい、それを乗り越えられる心の強い子を育てたいと思って、日々私たちは子どもたちと真正面からぶつかっているのです。当然、厳しいことを言うかもしれません。それが港北学館です。それにもめげない心の強さを日ごろから各家庭で鍛えて欲しいと思いました。
 
 
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