塾の先生のつぶやき

2020年から小学校で英語教育が始まる??

2020年から小学生の英語教育が本格的に実施されようとしています。

 

各学習塾や英会話教室ではここぞとばかり「長い物には巻かれろ」的に次々と新しそうなフレーズと新しそうな教育内容などで、生徒募集をしています。

果たして、本当に日本で小学生から英語教育は必要なのでしょうか?9年間英語を勉強しているのに話せない日本人と昔から(50前)から言われ続けました。もしかしたら、この英語熱は明治維新から始まっているのかもしれません。

私は、話せることと、英文が読めることとは別だと昔から述べてきました。よく英語の勉強は「話す・聞く・読める・書ける」の4つの能力が大切で、それをバランスよく勉強しなければならない的なことが良く言われ、現在では、それを小学生の義務教育からやろうとしているのです。私は全く反対です。それにはいくつかの理由があります。

 

一つ目は、英語より日本語の勉強が先であるべきです。最近では、本を読む子が減少し、ゲーム・テレビ・スマホなど映像に関心がある子が多く、塾へ来た時にはすでに国語嫌いがたくさんいます。幼い時から本を読む習慣を身につけてこなかったのに、『国語力をつけてください。』と塾に要求する親が実に多くいます。本来なら小学校の6年間でこの力を確実なものにして欲しいと思いますが、現状では期待できそうにありません。それなのに英語教育が始まるのです!ビックリです!!

 

二つ目は、学校以外で英語を話す・触れる環境がありません。これでは習慣化されないので決して定着しません。お金の余裕がある人や、親が英語を話す環境を用意すれば良いのですが、実際は多くの一般家庭では無理です。そのため、英語力の差が小学生の間でかなり開くと考えます。よって、中学校へ進学した段階で能力差は歴然として教える教師の負担は計りしれません。結局、経済的な問題が発生します。

 

三つ目は、二つ目に関連して、教師の英語力不足による弊害があげられます。小学生のすべての教師が現状では英語を話せないのです。話せない教師に何を期待するのでしょうか?外国人の先生を常駐させる手もあるかもしれませんが、現状ではお遊び程度で、日常会話が生徒全員できるようなるには先生の数も質も足りません。義務教育で30人以上の生徒を相手では所詮無理な話です。お雇い外国人を高給で雇って税金の無駄遣いを助長するだけです。

 

四つ目は、小学校の英語教育についていくため、幼稚園や低学年から英語塾や英語関連の教育産業にお金を投資する家庭が増えることが予想されます結局、親の経済格差が英語力の差になって現れます。教育の無償化を推進している政府ですが、教育産業(教科書会社・○×検定等)の利益誘導を図っているだけに見えます。確かに、業界が経済的に潤うかもしれませんが、役人の天下り先を増やし、親の経済的負担を増やします。政府としては、税収入(消費税)の増加を見込めますが、逆に税金の無駄遣いが日常化する可能性もあります。(私立学校の無償化も含めると公言しています…私はこの件に関しては反対意見です)

 

五つ目は、将来英語を「話す」必要があるのか?という素朴な疑問です。海外で仕事をする人や貿易関係の仕事につく人、またそれに関連する産業に就職する人は必要不可欠だと思いますが、それ以外の人たちには、昨今の同時通訳機能の科学技術の開発で、もう語学(話す・聞く)の習得は不必要になる可能性が高いと思います。現在でも、スマホを利用すれば、どこの外国の方とでも会話が成立します。多少の時間はかかりますが、自分で覚える必要はなくなりました。

このように、どんどん人類の科学技術は進歩して、機械が人間の能力のアシストをする時代を迎えているのです。このような時代に敢えて英語や外国語を国民全体が習得する意味があるでしょうか?私は決して英語の勉強が不必要であるとは思っていません。新しい知識は、世界中にあり、インターネットを通じてみんなと瞬時に共有できるのです。大学や企業で研究するときも、また世にその成果を発表するときも英語は必要なツールです。私は英会話という授業形態や、話すことに特化した英語教育は公共の学校(税金を投入する学校)では不要だと言っているのです。読む・聞く・書けるだけで十分だと思っています。なぜなら、世の中には話せるけど、読めない、書けない人がたくさんいるのは、世界共通だと思うからです。ですから、もし、日本で高等教育(大学や高校で)を受けたいのなら英文を「読める」ことが一番大切の能力です。

教育 | 09:25 | - | trackbacks(0) | - | - |
英語検定を公立学校で必修化する必要はあるのか?

某学習塾で「英検の大切さ」をうたった記事を掲載していました。

 

日本人は中学・高校・大学と10年間も英語を習っても全く英語が話せないという指摘を海外からよく受けます。では、なぜこんなに英語を勉強しているのに英語が話せないのでしょうか。それは「楽譜が読めてもピアノが弾けない」と揶揄されるように、これまで文法・読解に偏った英語を勉強してきたから実生活で英語でのコミュニケーションができないのです。英語の4技能(読む・書く・聞く・話す)をバランス良く習得しないと真の英語力はつかないのです。 そこで大事になってくるのが英語4技能の能力を測定できる実用英語技能検定すなわち「英検」なのです。

英検を取得して得をするのは、まず高校入試です。神奈川県の高校入試では、私立を併願する生徒がほとんどですが私立を受験する際に英検を取得しているとポイントが加算されるのです。さらに、中学受験や大学受験でも英検のポイント加算の動きが広まっています。また、文部科学省も「民間の資格・検定試験の活用」を促進しております。つまり、学校の試験では英語の能力を正しく測定出来ないので英検を利用して英語力を測定して下さい、ということです。

新学習指導要領では、中学生までに学習する単語数が約2倍になります。単語の数が多くなるということは学習内容の難易度が上がることを意味します。つまり、これまでよりレベルの高い英語を学習しなければならなくなり、早くから英語力を養っていくことが大事になります。その対策として英検はまさに打ってつけと言っていいでしょう。

現行の中学生1200語 → 小学生で600語 中学生で1600語 計2200語に

2018年度から小5・小6で英語が教科として先行実施され、そして2020年度からは全面実施となります。 自分の実力の指針として英検の級で自分の実力を測ることにより、積極的に上位の級に挑戦し合格していくことで英語力が身についていきます。また、新しい入試制度においては自分の英語スキルを知ることが非常に重要になると考えられます。 それは、CES2.0の導入により英語4技能のそれぞれのスコアがわかるようになったからです。今後、入試に実用英語技能検定を採用し、その基準を英検CSE2.0スコアで掲示する大学がますます増加していくことが予想されます。CES2.0スコアを見て自分の弱点がわかれば対策や改善がしやすくなります。
めまぐるしい変化を続ける教育行政の中で、早くから英語の実力を身につけることは先々とても有利になります。皆さんも是非、英検で英語の実力を伸ばしていきましょう。

 

横浜市の公立中学校では、最近、英検を必修として生徒たちに義務づけています。

 

国会議員や高級官僚の中で何人が流暢に英語を話せるのか?まして、文科省の役人ですら

おそらく全員が英語を流暢に話せないのではないか?にもかかわらず、「国民のため」とか、「将来の日本のため」とか大義名分をかざして、英検を重要視するのはなぜか?それは、公務員の天下り先を増やすこと。その一点です。そこに、多くの学習塾が「長い物には巻かれよ」的にこれでもかと生徒獲得のために文科省の方針に従って動くのです

 

まず、日本の代表である安倍首相や麻生副総理が英語を話せないのでは、このような政策もまったく本末転倒であると思います。英語が話せなくても、日本の総理大臣になれるし、その奥さんもファーストレディーになれるのです。多くのお金(税金)と時間を費やしてまで、英検を導入する必要はないのです。多くの学習塾が英検を利用し「長いものに巻かれろ」的な感覚で利益を貪る構図をつくろうとしています。

 

教育に、もう利益を貪る構図をつくるのは止めた方がいいと私は思っています。以前、漢字検定協会の理事長が、私腹を肥やして豪邸にすんでいたという事件がありました。○×検定とはそういう輩の温床なのです。このような構図では教育費が増大するだけです。そして、各家計の経済格差が子どもたちの学力の格差につながっていきますから…

 

医療関係による利益貪りの構図…例、患者の水増し請求やお年寄りに無駄な治療や薬剤を購入させ、税金を貪る構図

福祉に関係による利益貪りの構図…例、施設利用者の水増しや職員の賃金を安くすることで税金を貪るなど(人件費が安い、外国人労働者を雇っている)、福祉用具を数多く提案し、安く貸し出すことで利益を貪る

 

公共的意味合いが多い現場でのこうした、税金泥棒が横行しているのが現実なのです。教育もそう言う現場だということを理解しなければなりません。義務化されていることが、その温床になっているのです。

 

教科書会社、教育関連産業(ベネッセなど)、学校設備を売る会社などなど、様々なところで税金を貪る輩がいます。教育という現場の生徒を使って…そして、それらの会社に公務員が天下りしていくのです。

 

もっとも公平で、もっとも公正の場所でもっともらしい大義名分(理屈)を操って、税金を貪っているのが、日本の現実です。

今後、英会話が必要な社会になっていくことは確かです。自分の意見や考えを英語で相手に伝えなければ仕事にならないかもしれません。しかし、「英検」をお金をかけてまで公立学校の中で勉強させることが本当に将来役立つのかは疑問です。実際、大学ではトーイックやトフルの得点が大学留学に使用されています。「英検」ではありません。(今後は分かりませんが…)まして、日本語も怪しい小学校に英語を勉強させることがどれだけ価値があるのか?

 

語学の習得は「習うより慣れろ!」が基本です。よって、毎日英語を使う環境が必要なのです。以前、朝鮮初級(小学校)学校に通っていた生徒(在日韓国人)が私の塾にいましたが、彼女は、日本語はもちろん、朝鮮語も完璧でした。それは、学校内では必ず朝鮮語で授業がされていたからです。英語を流暢に話せない教師たちに教えてもらっている日本の学校では意味がありません。まして、小学校の教師で英語を話せる人が何%いるのか。正直、教師全員がすべての科目で、英語で授業できなければ意味がありません。ですから、日本の学校の授業だけで英語能力を上げることは不可能なのです。

 

小学生のうちは、英語教育よりも、国語力を伸ばす方が大切です。そもそもゲームに夢中になり過ぎて、本を読まない子が増えているこのご時世です。読書を日常化できる教育指導の確立が急務だと思います。そろそろ国民的レベルでそのことに気づいて欲しいものです。

 

あなたの周りにどれくらい英語を流暢に話せる人がいますか?

 

以前ノーベル賞を受賞した科学者の一人が、「英語を話せなくてもノーベル賞をもらえた」とコメントしていましたね!…そうです、英語はあくまでコミュニケーションの手段でしかありません。

大切なのは、英語を話せることではなく、その人個人の才能(個性)なのですその才能(個性)をどうやって伸ばすかが教育の目的です。私たちはその才能を開花させるための正しい勉強の方法を子どもたちに教えている学習塾です。

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教育 | 11:24 | - | trackbacks(0) | - | - |
国語力を身に着けるには

国語力を身に着けるにはどうすればよいか?

 

当学館では中学生に国語の授業をしていません。よって、国語の勉強の仕方についてよく質問されます。「本をたくさん読んでください。」と言うのですが、当たり前すぎて、現実的でない…「どうすれば子供が本を読むようになるの?」と質問が来そうで…結局、両親が本を読む家庭を築いているかどうか。まずは、本人が本を読むこと!と言ってしまえばことは簡単です。多くの親は自分が読まないのに子どもに押し付けようとしています。

正直に言えば、やはり、赤ちゃんのときから遡らなければなりません。子どもにどれだけの問いかけをしてきたか。絵本を通じてどれだけ本読みを続けたか。さらには、親が俳優のように面白おかしく本読みをしてきたか。本を読むことが楽しいと幼少期に感じれば、一人でに読むようになるのです。その時々の様々な環境の違いで同じ兄弟姉妹でも読む子と読まない子の差が生まれるのも現実です。

やはり、本をたくさん読む子は今までの経験から賢い子が多いと思います。もちろん、学業も優秀でそれなりの大学へ行っています。では、本を読まない子はもう国語力が身につかないのか?否、そんなことはありません。人生経験と読書量を増やせばだれでも能力が身につきます。でも、大人になってからでは少し遅すぎるのです。

ちなみに、先ごろ、中学1年生で英語の検定試験トーイックで満点近くをとった女の子は、単語も熟語も覚えたこともなく、英文法もまともにやってもいませんでした。もちろん、海外経験もありません。では、どうやって英語を身につけたのか?理由はいろいろありますが、一番は何といっても読書量でした。中1生までにすでに1万冊の英語の本を読んでいるのです。1万冊ですよ!普通の日本人でも日本語の本を1万冊読みこなすのは並大抵の事ではありません。要するに「読書百遍意自ずから通ず」(文意の通じないところのある書物も、百回も繰り返して熟読すれば自然に明らかになる)まさに、この言葉通りです。彼女は英語の本が面白いということでひたすら読み続けたのです。実践をした英語の結果でした。

当学館ではこの国語力を身に着けさせるために、小学生から個々人の能力にできるだけ合わせた文章を多く読ませています。1年生からの生徒もいれば、中学受験用の文章を読ませたりもしています。そこで、大切なのは答えをすぐに教えないことです。何回も読んで、自分で答えを導き出すことが本当の読解力を付ける方法です。よく、ヒントをすぐに与えてしまう親や先生がいますが、本当の力を付けるにはそれは意味のないことです。時間はかかりますが、子どもの伸びようとする力を信じて下さい。勉強は早く解けば素晴らしいのではありません。世の中を大きく動かす発見や発明は決して簡単には答えを導き出せません。時間ではないのです。この方法は、どの学年にも通用します。実際、当学館の高校生の英文読解の授業は質より量で、どんどん英文を辞書なしで解かせています。そうすることによって、たとえ単語の意味が分からなくても、英語の勘を養い、英文の意味を想像できる力が培われるのです。

国語力がない、英文が読めないと悩んでいる人たちは、まず、自分にあった問題集を自分の力だけで解くことを奨めます。そして、質より量をこなすこと、毎日毎日解くこと、解けなくても諦めないこと、そして、繰り返すこと。できれば、一つの問題集は3回繰り返すことです。よく現代文や英文解釈の問題は、一度解いたら覚えてしまい繰り返すことをためらう人がいますが、そんなことはありません。何度もやった方が効果は絶大です。

さて、この方法は語学に限ったことではありません。勉強と名のつく物はみんな同じです。ここで、大切な力は「諦めない力」「我慢強さ」「粘り」「継続性」そして「素直さ」です。

最近、偏差値70の慶応大学付属中学校に合格した芦田愛菜ちゃんが何かと話題になっていますが、彼女もやはり読書家だそうです。芸能と勉強の合間に隙あらば本を読むとテレビ番組で話していました。

 

んん〜ん、やはり、国語力は「読書しかない」かなあ?   ごめんなさい。

教育 | 09:33 | - | trackbacks(0) | - | - |
「いじめは許しません」
「いじめは許しません!」…正義は勝!愛は勝!
 
また、中1の男の子が「いじめ」を苦に電車に飛び込みました。
そして、また、「学校ではいじめがあったかどうかの事実は確認
できていない。」と報道されました。
いつもと同じコメントにまったく代わり映えのしない教育現場だ
と感じました。
 
先日、港北学館でも「いじめ」がありました。そして、その加害者
である生徒に辞めてもらいました。
この事件の発覚は、被害者である子の親が塾を退塾したいと言って
きたことでした。
学校でLineによるネット「いじめ」があったらしく、学校の担任を
中心に双方と示談が成立したようです。
そして、塾も同じなので、双方の距離を開けた方がよいとその担当
教師が塾をやめるように勧めたらしいのです。
被害者の親との電話で、当学館としては被害者が塾を辞め、加害者
が塾に残るのはおかしいと、退塾を止めました。
私としては辞めれば(離れれば)問題がすぐに解決するわけでも
なく、さらに、正義が通らない社会もおかしいと考え、また、
何よりも加害者の人間性(性格)の改善をしなければ、また、同じ
ことを繰り返すと思い、加害者本人に誠意ある謝罪を被害者に行い、
最善を尽くして塾を双方とも続けられるように努力してくださいと
アドバイスしました。
この加害者による被害者への「いじめ」は、実は私たちは気づい
ていました。一人の子をみんなで無視するというものです。
リーダー格の子どもが強圧的に周りの子どもを巻き込み、周りの子
どももリーダー格が怖いのでついていくパターンです。
私はこの事実を半年前から把握していましたが、このグループも
離散集合を繰り返してきたので様子を伺っていました。
中3の高校入試勉強を本格的にしなければならないここにきて、
その亀裂はピークに達したみたいです。
私個人としては、みんな仲良く、ともに励ましあって、勉強し
あって受験に立ち向かってもらいたかったのですが、とても残念
でした。何よりも悲しいのは、加害者の本人が自分のしたことを
正当化して、被害者に誠意ある謝罪をできなかったことです。
本人は許してもらったと言っていましたが、それは表面上のこと
で、塾を一緒に続けたいと言ってくれなかったことは、誠意ある
謝罪ではなかったことを意味していました。
これでは、この加害者の子どもは相手の気持ちや思いを考えない
で、一生自分の都合のいいように生きていくことになります。
自己中心性を残したまま大人になっていくことになり、将来非常
に危険であると思いました。
私はまだ若いし、いくらでもやり直しがきく年齢です。失敗は
人生においてはあたりまえのことです。正直に素直になって反省
してくれればよかったのに、結局塾を辞めていくことになりました。
 
学校でのいじめも常に一緒にいる学校の先生がわからないはずは
ありません。いじめている側はわからなくても、いじめられている
(被害者)側は必ずわかるものです。
もし、分からないとするならば、その教師は教師失格です。
授業中や給食中での生徒たちのやりとりや、休憩時間の過ごし方
を常に観察していれば、必ずわかるはずです。学校教育の現場は
それだけではありません。運動会、文化祭、課外活動、修学旅行
遠足など勉強以外でも気づくチャンスはいくらでもあります。
もし、分からないとすれば、その教師は、授業以外は職員室に
常にいて、生徒と遊ぼうともせず、生徒との関係に一定の距離を
置いて、なるべく関わろうとしない人です。
今回の事件で、本当に学校側の教師たちがまったく把握できてない
なら、この学校の教育力はゼロに等しいと感じました。
学校という集団は、勉強だけではないと感じているのは多くの親
の共通理解のはずですが、どうも勉強以外もあまり期待ができない
場所のようです。当然、一生懸命努力している先生もたくさんいる
のでしょうが、「悪貨は良貨を駆逐する」なのでしょうか?
「いじめ」による自殺の事件を耳にするたびに
学校の教育力のなさに憤りを感じます。
(多くの税金が投入されているのに?)
 
何事も失敗したら反省が必要です。
塾(社会)が退塾勧告という社会的制裁をして、それに対して、
本人が本当に心から反省してくれればいいのですが?
もちろん、いじめた当事者の家の対応も大切だったのですが…
「うちの子に限って、そんなことは…」なんて甘やかしたら
成長はないかな…
 
教育 | 12:02 | - | trackbacks(0) | - | - |
自分で勉強したら?

自分で勉強できないエリートたち

港北学館が目指すもの!それは自立した人間に育てること!

いつまでも親のスネをかじって生きている馬鹿な子供にしない

ために、勉強や色々な体験を通して生き方を学ばせます。
 

最近、こんな話がありました。

 

慶應義塾大学では、公認会計士になるために、大学2年から

専門学校に通うらしいのです。いわゆるダブルスクールです。

大学卒業前に資格を取得して、就職に備えるそうです。

そのために、親はバカ息子や娘に大学費用以外のお金をつぎ込む

のです。お金持ちのなせる業ですね…

 

512日付 こんな記事がインターネット上に載りました。

 

「今年度の法科大学院入試で、54校のうち93%にあたる

50校で定員割れだったことが、文部科学省の調査でわかった。

 定員割れの学校が9割を超えたのは3年連続。

 今年度入試では新たに13校が募集を停止し、54校の

総入学定員は3169人。受験者数は9351人で、法科大学院

が創設された2004年度以降初めて1万人を割り込んだ。

受験者数を合格者数で割った実質的な「競争倍率」は

1・87倍で、過去最低となった。

 実際の入学者は2201人で、定員充足率は平均で69%。

大学別で定員充足率が最も低かったのは愛知学院大の5%で、

定員20人に対して入学者は1人。静岡大と東洋大はともに

10%で、いずれも定員20人に対し入学者はそれぞれ2人

だった。これら3校を含む計5校は、来年度からの募集停止

を発表している。   読売新聞社511日掲載」

 

司法試験の合格者定員を絞ってきた法曹界も、弁護士不足

から年間3000人の弁護士をつくると意気込んで新たなしくみ

を創設して、およそ10年、結局うまくいっていない現状が

露呈した。

詳しい事情を調べていないが、私が考えるに、弁護士試験に

合格するために昔は6浪するのが当たり前の世界だった。

みんな図書館通いして、独学で勉強をしていたものです。

そこに目をつけた政府関係者、どうせ浪人して勉強している

のなら、大学にお金を落としてもらいたいと、制度化した

ふしがある。

私からすれば結局金儲けのために作った法科大学院制度

文部科学省?法務省?の肝いりの司法制度改革だったが、

やはり失敗???

政府の読みの甘さ、結局、手かせ足かせが多く自由度がない

しくみになり、司法試験が昔より受けづらくなった。

大学院へ行っても合格できないのなら、無駄な金を払いたく

ないのが真情。

 

私の知り合いは、早稲田大学の教育学部出身だったが、

一念発起して塾の教師から、弁護士を目指して自分で働き

ながら勉強し、本当に6年目で合格、現在横浜で弁護士を

しています。

もう一人の知人(この方も私の同僚)は36歳から独学で

勉強し40歳で大学医学部へ合格、現在、精神科医をして

います。

 

そうです。私が言いたいのは、自分で勉強すれば、他人に
頼らなくても夢はかなう。

ということです。最近の風潮として、すぐに誰かにすがって

生きていこうとする人が多いように思えてなりません。

慶應のダブルスクールの話も、法科大学院の話も、

日本のエリートと呼ばれる人たちでもこのざまです。

 

港北学館は、「自分で勉強できる人を育てたい」

そのために、勉強の方法を伝授しているのです。

勉強の方法がわかっている人は、どこへ行っても、何を

やっても困ることはありません。

自分で努力することを一番知っているからです。

確かに、人から学ぶことは大切です。

その学んだことを、自分のものにして、発展させていくのは

自分自身の力なのです。

教育とはこの力(自立学習力=自分で勉強する力)を子供

たちに身に着けさせることだと私は信じています。

そのためには時間と労力が必要です。
何卒、ご理解とご協力を
お願いします。

教育 | 11:47 | - | trackbacks(0) | - | - |
親の「ダメ」出しが子供の運動能力や好奇心を奪う!

これでいいのか?教育現場!

親の「ダメ」出しが子供の好奇心や運動能力を奪う!

 

ジャポニカ学習帳から「昆虫」が消える!

Yahooニュースより

…ところが、2012年から表紙の写真に昆虫は使われていません。

こんな意見が寄せられたのがきっかけでした。
  「娘が昆虫写真が嫌でノートを持てないと言っている」
  「授業で使うとき、表紙だと閉じることもできないので困る」
保護者だけではなく、教師からも同じような声が上がったそう。

そして、苦渋の選択の末、廃止に踏み切ったと…

 

昆虫嫌いな馬鹿親やそれに迎合する馬鹿教師のために、「昆虫」

ノートが消えていくのです。

一企業の看板商品が、一部のひとのクレームで消えていく…

 

確かに、わが塾でも、虫を極端に嫌う生徒が増えたのも事実です。

たったハエ一匹でキャーキャー騒ぐ生徒もいます。女の子なら

まだしも、最近は男の子も同じような反応をしめしています。

企業では売れ行きが悪くなれば、正論も通らなくなるのも致し方

がありません。が、勉強を教える教師までが親に迎合してもよいもの

なのか?まったく信じられないニュースでした。

理科離れを教師自身が促す状況で、学校教育は大丈夫なので

しょうか?

以前、近所の中学校で解剖の実験にイカを使ったと聞いたことが

ありました。カエルやフナでは気持ちが悪い、今風に「ぐろい」

とかいう理由だそうです。???理解不能です!

これでは医者や獣医は絶対に育ちません。

 

「モナリザ」の作者レオナルド・ダ・ビンチは動物の絵を描く

ときはその対象物の動物を解剖し、デッサンしていました。

医者だけではありません。芸術家でさえも本物を知るために

「ぐろい」ことをしてきたのです。

 

現代社会は、子供たちにとって大変生きにくいのかもしれません。

動物を食べている現実をもっと実感させなければならないのかも

しれません。お肉はきれいにカットされ、魚も内臓は取り除かれ

て販売されています。牛や豚が殺されたり、解体されたりする

現実を全く知らされてないし、感謝することさえ誰もしていない

のです。「今年も豊作で」、「大漁で」とは祈りますが、「今年も

ありがとうございました。」と牛・豚・魚に感謝することは

ないのでは?

 

横浜駅に近い某高校では、学校の清掃は業者に依頼していると

そして、外観はきれいだけど、内部は非常にきたないと言って

いました。ある中学校では、学校のトイレはPTAが清掃している

と言っていました。???これまた理解不能です!

自分たちの使用している学校の施設を自分たちで清掃しないの

です。

トイレは「汚い」から?

教室の掃除は「勉強時間がもったいない」から?

これでは学校へ通わせる意味がありませんと感じないので

しょうか?現代の親たちは?

 

テレビのある番組で、

学校の教室に通路側の壁がない…友達がふえる?

(全員で朗読するとか英語の授業で発音するときはどうするの?)

トイレがすべて洋式トイレ…屈んで大便をする習慣がない

(キャンプ場や海外に行ったときにたぶん困るよ?)

朝の朝礼は全校生徒が集まるのではなく、各自教室の中で映像を

見るというスタイルに…貧血で倒れる子供がない、移動の時間が無駄

(ここの生徒は集団行動がとれるだろうか?)

校庭が人工芝で、さらにミストが出る仕組みに…熱中症で医務室へ

行く人がなくなった。怪我も少なくなった。

(これでは明らかに運動能力は落ちるのでは?我慢強さはどこに?)

跳び箱の素材が木製から柔らかい素材に…尻をぶつけても痛くない

(失敗したら痛い、という緊張感がなくなるのでは?)

リレーのバトンが棒から、電車の吊り輪のような形に…バトンを

落とすことがなくなった。

(なぜ、スポーツのルールを変更するのか?)

 

などなど、驚くべき内容が学校教育の現場で、平然と行われて

いるのです。それもこれもすべて「子供たちのため」という

大義名分があるのですが、私には精神的に、肉体的に弱い子供を

大量生産しているとしか思えません。学校の教師たちが、一部の

クレーマー(マンスターペアレント)に迎合し、本来の教育を

していない、いや、できないのではないでしょうか?

 

私は、だからこそ教育を資本主義経済の中に入れてはいけないと

言っているのです。

結局、生徒が集まらなければ、経営ができないのですから、私立

学校(小・中・高・大)では親やその生徒に迎合しなければなら

なくなります。今では、公立の学校でさえ、その傾向にあるのです。

 

ある生徒の親がこんなことを言っていました。

「日本のキリスト教の学校は、キリスト教徒を入学させてくれない

のか?」…本音の意見だと思います。

キリスト教ではない頭の賢い子はたくさん入学させるけど、

お馬鹿なキリスト教徒の生徒は入学させない。

…本末転倒だと思いませんか?こんなことが日本の教育の世界で

当たり前のように行われているのです。

日本の教育はビジネスですから。教育ではないのです。

 

「実験のやり方」も知らない小保方氏を作り上げているのです。

教育 | 00:41 | - | trackbacks(0) | - | - |
教育にお金がかかり過ぎ!

教育にお金がかかり過ぎ?

 

夏期講習が始まりました。残念なことに、講習の費用が高いという

ことで大手の無料体験の塾へ行くと当学館を辞めていく生徒が

いました。成績は今まででの中で最高点を叩きだし、生徒本人も

続けたいと話していましたが、私立高校へ通っている兄弟に費用が

かかり過ぎて経済的に苦しいのでと…

世の中は、ボーナスアップとか、倒産件数過去最低とか株価も

15,000円台に突入しているのに、「アベノミクス」の経済効果は

当学館では実感できません。

当学館に何の落ち度もないのに、生徒が辞めていくのです。そして、

大手の戦略「夏期講習無料体験」に(なび)いていくのです。

 

あの進研ゼミで有名な「福武書店」、ベネッセコーポレションが

顧客情報700万件を外部に流出させました。

昔、「進研ゼミ」から個人名宛に漫画付の小冊子が届いた経験が

ある方は大勢いると思います。そのとき、誰もが何故自分の個人

情報がわかっているのか不思議に思った方もいると思います。

そうです。彼らは多くのアルバイトを使って個人情報を役所から
得ていたのです。

当然、多くの人は不愉快を感じたと思いますが、このころ

その個人情報を手に入れ、名簿屋なる業種も現れたのです。

そうした中で、これはおかしい、広告媒体としては不適切だとして

国はやっと個人情報を守るために法律を定めたのです。

日本はやたらと個人情報を書かせる国だと思った方はいませんか?

カードの作成、買い物をCPでするときも、ホテルに泊まるときも

住所や電話番号だけでなく、生年月日や男女、携帯番号やメール

アドレスなど隅から隅まで個人の情報を調べようとする。

年収や職業を記入しなければならない場合もあります。

そして、その情報が他人に売られていくのです。

そんな、法律すれすれのことを平然とやってきたベネッセが今や

教育業界の大手なのです。一部上場の企業なのです。

昔、高校の模擬試験は旺文社が一般的でしたが、今やベネッセが

主流になりつつあります。つまり、模擬試験を行うことで個人

情報を入手するようになったのです。そんな企業が個人情報を

漏らしたのです。

 

個人情報が売買され、そんなところから教育費が上昇している

のです。広告宣伝費(必要経費)として…大手では数億になるで

しょう。

 

私が塾を始めたのは、学校教育に疑問を感じたからです。

それは先生の質だけでなく、その管理システムなどの教育行政全般

です。たとえば、検定教科書、学習指導要綱、教育委員会のあり方

日本教職員組合の有り様などなど…

民間だけでなく、政府も教育にお金がかかるシステムを作り上げて

きたとしか思えないからです。

たとえば

毎年、新しい教科書が作成され、4年に一度改定され、そのたびに

教科書会社は若干の修正を加え、そして、それに付随する問題集

などを再び改定する。そのたびに、公教育の税金が湯水のごとく

使われてきたのです。

まるでそれは、日本の自動車産業を保護する車検制度のようです。

 

もし、自分の子供が医者になりたいと言ったら、皆さんは初めに

何を感じるでしょうか?

まず、初めに頭に浮かぶのは、自分の懐を考えるのではないで

しょうか。一人の医者を育てるのに日本ではいくらかかるので

しょうか?

当然、公教育だけで医者になれる人はごくわずかでしょう。

幼いころから、学習塾に通わせ家庭教師を雇い、有名私立中学、

難関私立高校、大学と通常では考えられない費用がかかります。

結局、頭の良し悪しではなく、親の経済力によってその子の

人生が左右されるのではないでしょうか?

そして、親の足元を見て、教育産業が盛況になるのです。

 

私は塾を経営していますが、それでも教育は、大学までは無償

にすべきだと考えています。自分の進路を決めるのに、親の経済

力に左右されるべきでないと…子供たちは日本の将来を担うの

です。日本という国家がその子供たち投資しないで何が国民主権

なのでしょうか?

少子化対策と言って、保育園や幼稚園の費用を無償にするのでは

なく、職業選択のために大学のほうを無償にすべきだと思います。

そうすれば、多くの世帯で教育費を気にせず、本人の意思を尊重

し、本人の好きな道へ導けるのではないでしょうか?

お金で家族関係や人間関係がぎくしゃくするのは悲しいことです。

教育 | 09:27 | - | trackbacks(0) | - | - |
橋下大阪市長VS教育委員会
 

橋下大阪市長の突然の「体育科入試中止」や「教員全員異動

要請」へ。「生徒に罪はない」と批判相次ぐ

※体罰が日常化している体育科教員を解雇できるか?

 

入試直前のこの知事の要求に、関係者は頭を抱え、実際に

この高校へ進学を志望していた生徒や親は戸惑いを隠せない。

橋下氏のやり方に多くの関係者が批判的だ。

テレビでも、インターネットでもこのやりかたに賛否両論。

批判的な反対派が多い。

何故、橋下氏はここまで強硬路線を主張するのか?

だれもがそう感じているはずです。

 

私は橋下氏に賛成です。それは、戦後の日本のスポーツを

スポ根で苦しめた指導者たちへの警告でもあり、転換期でも

あるからです。

昔を思えば…

何の意味もない丸坊主を要求される高校球児、

小嶺監督率いたサッカーの国見高校もそうでした。

お正月も、お盆も、家族団らんもない365日練習に明け

暮れる強豪校。

成長期の個人差を無視したトレーニング及び集団行動。

どれもこれも非科学的で、精神論が美徳とされたスポーツ界

が今までしてきたことです。

 

しかし、一番の問題なのは、体罰を警告された指導者や

問題を起こした教師が、人事異動するだけで、行政処分を

受けないことなのです。こんなことが現在も日本の公教育の

現場で、公然とまかり通っていることです。

確かに、今回の事件は、裁判沙汰にもなっていません。そして、

体罰と自殺の因果関係も不明瞭なままです。公務員の世界では

刑事事件にならない限り、懲戒免職はありません。

教育的配慮という「体罰」でその身分は保障されているのです。

実際に、示談にするケースがほとんどで、警察が立ち入るケースは

希なのです。先日のいじめで自殺した学校がよい例だと思います。

学校の隠蔽体質や生徒より身の保身を考える教育公務員の愚かさ

は呆れるばかりです。今回のケースもまさに知事VS教員の構造

です。

教員側の主張は「実際に、多くの生徒が当事者(監督)を慕っており

、今までに多くの生徒を各界に輩出している優秀な指導者で、

刑事事件になっているわけでもなく、彼を解雇する理由は見当たら

ない。さらに、チームを全国大会に何度も導いているので、多少の

叱咤激励の『体罰』はスポーツの世界では仕方がないことだ。」

そうなのです。勝てば官軍。「右」も「左」になってしまうのです。

 

以前、神奈川中学校でこんな教師がいました。

女子生徒の更衣室を(のぞ)いたり、女子生徒に抱きつくなどの問題行動

をとる教師がいました。当時、その先生の女癖の悪さの噂は誰も

が知るところでした。実際その教師は前任校でも同じようなことを

して移動してきたばかりでした。軽犯罪?程度のことでは、日本の

公務員は懲戒免職にならず、たらい回しで各学校を転々とするの

です。こんな腐ったシステムにメスを入れる政治家は誰もいません

でした。部活動の顧問と言うことでセクハラをされたり、体罰を

受けたりしても、その教師すら辞めさせられない学校の仕組みと

はどんなものでしょうか?子どもを指導する立場の、最も尊敬され

るべきはずの教師が、子どもから信頼されず、子どもを守れず、

子どもを自殺に追いやるとしたら、私たち親は、どうすればいいので

しょうか。まして、その教師を辞めさせる方法を住民は持たない

のです。

「暴力されても、レギュラーになりたかったら我慢しろ!」

「お前一人が犠牲になれば、みんながついてくる!」

 ???

スポーツの指導に暴力は必要ですか?

強くなるために、1人の犠牲が必要ですか?

スポーツをするのに丸坊主は必要ですか?

理不尽なことを要求され、本来の目的とはかけ離れている

指導のやり方や考え方をそろそろ変える必要があります。

「プロの世界ではないのです。成長過程の未成年のスポーツに

日本一である必要があるのでしょうか?」

春・夏の高校野球、お正月の高校サッカー、ラグビーそして

お正月の箱根駅伝(大学)

どれもこれも、日本は残念ながら、世界1位のスポーツでは

ありません。

「体罰」が日常化しているこれらのスポ根指導のスポーツで

世界の頂上は目指せないのですから・・・現在指導を担当して

いる先生方、そろそろ考え直すつもりはありませんか??

自分の自己満足で、多くのスポーツ大好きな子どもたちを勝利

至上主義で犠牲にしていませんか?

指導者(教育者)の仕事は、そのスポーツなり科目なりを大好き

にさせることなのです。そうすれば、自分からどんどん練習なり、

勉強なりするようになるのです。

 

そう言えば、日本のお家芸である柔道でも世界は遠くなり

ましたね。特に男子は…

金メダルを連続で獲得した指導者が教え子にセクハラ

しているようでは、柔道以前の問題ですね。

おかしいですね、柔道では心を育てられないのでしょうか?

技術的に強くなるだけでなく、精神的にも、道徳的にも

優れた人間にならなければスポーツや武道をやる意味がない

のではないでしょうか?日本一、世界一になっても、人間的に

優れた(人徳のある)人でなければ、それはただの野獣です。

昔、ボクシングの世界で、相手の耳をかんだ選手がいましたね。

反則をしてまで勝とうとする精神がもうスポーツではありません。

日本にもそんなボクサー兄弟親子がいましたね!

「勝てば官軍」という勝利至上主義がありますが、スポーツ

指導者の皆様、どうかその方法論を間違えないようにして下さい。

 

大阪市教育委員会が体育科の入試中止を決定しました。

そして、普通科の入試のみに…

橋下市長もこの案に賛成していました。

さて、これで先のバスケットボール部監督の人事はどうなった

でしょうか?懲戒免職か他の学校へ異動か…

体罰で生徒が自殺したのです。先生の責任は明白です。

警察は、司法はどう判断し、どう動くのでしょうか?

どんな優秀で優れた人でも、一度失敗をしたら

おしまいなのです。ですから、人間は日々精進努力を積み重ね、

自分の任務を遂行していくのです。そして、その任務の責任を

自らが負うのです。

昔、(しょく)の軍諸葛(しょかつ)(りょう)(こう)(めい)が、作戦に失敗した彼がお気に入りの

優秀な部下を処刑しました。「泣いて(ばしょく)()る」と

さあ、この監督を教育委員会が斬れるか?注目しましょう!

教育 | 09:58 | - | trackbacks(0) | - | - |
日本のスポーツ指導者へ
 


日本のスポーツ指導者へ

(大阪市立桜宮高校バスケット部の件について)

 

バルセロナのメッシが年間世界最優秀選手(バロンドール)に4

連続受賞しました。まだ25歳の若さです。あのオランダのクライフ

やフランスのプラティニやジダンの3回受賞を超えたのです。

あとはワールドカップでアルゼンチンを優勝に導くだけが宿題と

して残っています。

やはり、サッカーの王様ペレやアルゼンチンをメキシコW杯で

伝説の7人抜きや神の手で優勝に導いたマラドーナに追いつくため

には、この偉業を彼の手で成し遂げなければ本当の意味で偉大な

選手とは言えない気がします。

しかし、この3年間、彼をしのぐほどの選手が何故出現しないのか、

気になるところです。

世界中で、多くの大小のクラブチームが凌ぎを削って若い世代から

育成をしています。メッシもその一人でしたね。

にもかかわらず、メッシを超える逸材を育てられていないのです。

それほど、彼がすごいのか?

最近、日本にもバルサやマンUのコーチがやってきて、各地で

スクールをやり、選手の発掘とばかり、日本円の獲得に励んで

います。有名なビッククラブでは、クラブの維持、経営のために

アジア・アメリカ遠征などで選手を動員して営利を獲得しようと

奔走しています。

私はこんな金持ちクラブの経営体質、もうけ第一主義がクラブの

若年層の育成に問題が生じているように思えてなりません。

 

日本では、若年層の育成が、勝利にこだわり過ぎるあまり、弊害

を生んでいるようです。

今回、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部のキャプテンで

あった男子生徒が体罰の受け自殺しました。

この高校はバスケットの名門だそうで、それは厳しい練習が要求

されたそうです。

「モーニングバード」というテレビ番組で長島一茂氏は、やはり

ある程度強豪校と言われる所はそれなりの体罰やしごきはあるが、

だからと言ってコーチを恨むことはなかったと…

同様のことを「とくダネ」の司会者の小倉氏も言っていました。

どうなんでしょうか?

日本のスポーツ界のこの指導の現実はいかがなものでしょうか?

有名人やアスリートたちがこんなことを容認しがちであること

自体が、スポーツの在り方を歪めているのではないでしょうか?

 

明らかに悪いことをした、みんなに迷惑をかけたなどで叱られる

のならまだしも、試合の結果や練習中のプレーで体罰が横行して

いるとしたら、指導(教育)の域を超えていると私は思います。

厳しい指導と体罰(暴力=威圧?)とは別です。

私はサッカーの審判で、公式戦を担当する時がありますが、

スポーツクラブの指導者や学校の部活の教師たちの中で、

試合中、選手(生徒)に暴言を吐く人たちがいます。

選手(子ども)の人格を否定するコーチの一言に驚かされる

ばかりです。まして、選手の親が見学しているにもかかわらず

です。強豪と言われるチームのコーチにこの言動が多いのが

事実で、親もそのことを容認している雰囲気があります。

その暴言や言動は、勝ち(勝負)にこだわり過ぎるあまりの言動

なのです。確かに、勝ち負けにこだわること自体は悪いことでは

ありませんが、それと暴言、暴力とは関係ありません。

 

私は塾の先生をしています。宿題忘れひどい生徒や、授業中に

騒いだりする生徒、人の迷惑になる生徒に対しては、厳しく

叱ります。説教をしても、平然としている生徒、気がつかない生徒

には、当然愛の鞭(体罰)をします。

しかし、勉強ができない、記憶ができない、理解が悪い、そして、

テスト結果が悪いことで生徒に体罰を加えることは決して

ありません。

塾でも、当然結果が問われます。成績が悪ければ生徒は辞めさせ

られます。プロの世界ですからそれは仕方がありません。

でずが、「成績をあげる」「勉強が好きになる」「結果が良くなる」

ための方法論が問題だといつも考えています。

私はいつも生徒にも親にも話しています。「成績を上げることは

簡単です。塾に毎日来て、結果が悪ければ叱り、宿題を忘れれば

体罰を加えていけば、おのずと成績は上がります」と

「でも、そんな事までして成績が上がったとしても、本当に

その子が勉強が好きで、自分から進んで勉強をするようになる

子にはなりません。心の底から勉強をしたいと思わなければ、

本当の意味での結果は得られないのです。」と…

 

スポーツの世界でも同じことが言えると思います。

コーチや監督の威圧と体罰と厳しい練習で、確かに勝つことは

できるでしょう。しかし、それでは、子どもたちに本当の意味での

スポーツの楽しみや興味はわかないのです。

あれだけ一生懸命練習してきたのに、中学、高校、大学と学年

が上がるごとに「もう、やりたくない」と言って、スポーツから

遠ざかるのです。これでは、スポーツを指導してきた甲斐があり

ません。「あのコーチに、監督に教わってこのスポーツがより好きに

なった。」と選手(子どもたち)に言われるような指導や教育の仕方

を考案していくことが指導者として必要なことではないでしょうか

このことは、私も含め多くの教育者たちの未成年の教育の在り方を

考える上で大切なことだと思います。

 

決して、サッカー選手のメッシは体罰を受けて現在の地位や名声

を築いているのではないと言うことです。

教育 | 11:59 | - | trackbacks(0) | - | - |
滋賀県大津市で起こったいじめ問題について
 

対応の遅れが自殺を招いた…

まただよ…何度も、何度も…学習できない公務員たち

警察も、教員も…日本の治安と教育を担う者たちの怠慢…

大津・中2自殺、父の被害届3回断る 警察「難しい」

75() 1609分配信 朝日新聞

大津市で昨年10月、市立中学2年の男子生徒(当時13)が

飛び降り自殺した問題で、同級生の暴行があったという話を別の

同級生の母親から聞いた生徒の父親が、被害届を出すため大津署

3回にわたり相談したものの、被害届が受理されていなかった

ことが関係者への取材でわかった。

父親は生徒が暴行を受けていたという話を聞き、自殺1週間後

の昨年1018日、大津署を訪問。生活安全課の署員に被害届

を出す相談をした。しかし、生徒が死亡しており、捜査は

難しいと署員に言われ、同月中にもう一度訪れた際も同様の

対応だったという。

市教委は翌112日、学校が全校生徒に行ったアンケート

をもとに、「複数の生徒のいじめがあった」と発表。父親は

121日にも大津署を訪れ、アンケート結果などの資料を示し、

加害者とされる3人の同級生について「被害届は出せないか」

と相談したが、署の担当者は「被害者本人が亡くなっており、

非常に難しい」として受理しなかったという。

 

馬鹿は死ななきゃ治らない。

警察官の職務怠慢

学校現場の隠ぺい主義と怠慢

いじめの問題はいじめる子どもやいじめに耐えられない子どもの

問題ではなく、いじめる子を育て、いじめられる子を育てた親の、

大人の問題だ!

学校教育では、いじめを対処する機能をまったく持たない。

つまり、いじめに対しての教育の方法論を教師たち自身がまったく

持っていないことが問題なのだ。

今回の事件では、いじめの実態に何の教育的指導がなされず

厳しく対処しない学校側の対応が、生徒を助長させ、さらに

教育と言う名の下で、犯人捜しを恐れた学校側の腰ぬけ対応が

たったひとりで頑張っていた子どもの命を犠牲にしたのだ。

世間ではいじめはなくならないと言うが、学校と言う教育

現場で、いじめをなくす手だてがなく、いじめを容認する

態度はまずい。いじめた側も、いじめられる側も、きちんとした

態度で学校側が(大人が、親たちが)処分、処理しなければなら

なかった。

私も生徒を預かる身としては、いじめ問題は気になるところで

関心をいつも持っている。塾でもいじめが原因で辞めていく

生徒もいた。塾で、いじめである…そんなときどう対処するか

やはり早目の対応が一番だと思う。いじめの原因は何か、

いじめに関与した当事者同士を呼び、ことの真相を追究する。

なるべく本音をいわせ、最終的にはどちらの言い分が正しいのか

教師(大人)が判断する。

いじめる生徒もいじめられる生徒も、やはり自己中心的な

考えの人が多い。だから、次々にいじめのターゲットが変化する。

昨日いじめていた人が、次にはいじめられる対象になったりする。

一般的に、中1の女子が危険。思春期に入り、自己主張が多く

なり、他者と衝突する。しかし、これは大人へのステップなので

互いに互いの生き方を尊重してくれれば事なきをえる。

しかし、問題なのが一方的なリーダーが存在し、ターゲットを

探して集団で1人を攻撃するパターンだ。そのターゲットが

大人しい優しい子の場合は一方的にやられる。自殺に追い込まれる

可能性がある。

教師はどういう社会的構造なのか自分のクラスを

きちんと把握しておく必要がある。誰がリーダーで、

誰が自己中心的か…そういうことを感じとる能力が、今の教師には
欠如していると思う。感受性のない教師たちが招いた悲劇…

自己中心的な子は親の育て方に問題がある。

その最たるものが甘やかしである。

何でもやりたいことをさせ。

何でも好きな物を買い与え。

何でも子どもの言う事を聞き。

子ども中心に家庭が成り立っている家だ。

子どもに我慢させず、子どもの言いなりになっている親。

ときに、勉強を頑張っているから、スポーツが上手だから

ピアノ・バイオリンが上手だから…など得意なものを

伸ばしたいがために、他を犠牲にするパターンだ。

「人間は社会的動物だ」とアリストテレスが言ったように、

人間は他者とのかかわりの中で生きているのだ。

決して、家庭内だけで一生を生きていくのではない。

だからこそ、家庭の外に出た時に困らないように教育(躾)を

しなければならない。

家庭の在り方をよくわかっていない親が自己中心的な子ども

をつくってしまう。そういう親こそ社会に出て勉強して欲しい。

家庭が安定し、会社が安定していれば国家も安定するはずである。

今回の大津市で起こった事件の加害者の一人はPTA会長の子ども

だった。まさに最悪のパターンだったのかもしれない。

大人が大人を管理しきれない。犠牲になったのは子どもたちである、

誰しも失敗はする。失敗のない人生、挫折のない人生などない。

であるからこそ、いじめの根はすぐに対処すれば、未成年の

加害者も被害者も救われたかもしれない。今回の事件は

大人の隠ぺい主義による対応の遅れがすべての原因のような

気がする。
加害者になってしまった子どもの心のケアーをするタイミングを
逸したかもしれない…

教育 | 07:31 | - | trackbacks(0) | - | - |



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