塾の先生のつぶやき

暴力と教育(子育て)

暴力と教育(子育て)

 

先日のキャンプで私は生徒を厳しく怒り(もちろん叩きました…暴力を振るいました)ました。なぜ、厳しく怒ったか?それは命にかかわる行動を勝手にとったからです。一人用のカヌーで、自分の判断力と技術の習得と粘り強さが求められるカヌー漕ぎです。安全を考えてみんなライフジャケットを着て湖の中央まで漕いで行きました。(ライフジャケットを着装しないと湖には入れません)記念写真を終え、自由行動にしました。ただし、必ず集団行動すること。自分勝手な行動をとらないこと。などを生徒たちに告げ、その場を解散しました。暫くして、ある男の子が一人で岸の方に漕いで行くのが見えました。私たちは、その子を追いかけていきました。彼以外はみんな小集団で、富士山が見えるところまで必死に漕いでいました。彼だけが、単独行動に出たのです。最初に乗った場所から離れた岸に着いてから、彼はボートを置き去りにし、ライフジャケットも脱いでキャンプ場の方まで駆け足で行くのが見えました。私たちは最初トイレかなと思いましたが、どうもカヌーに飽きて、虫捕りをしたいらしかったのです。しかし、それにしてもカヌーの置く場所が違うので、元の場所に持って行きなさいと注意しました。その後、彼は自分のカヌーを取りに行きました。そこで、ビックリです。彼はカヌーに乗って戻ってくると私たちは思っていた(そうしなければ運ぶのは無理)のが、湖の岸沿いに(湖に入って)カヌーを手で引っ張っていたのです。ライフジャケットも着ないで…そして、どんどん沖に流されていく彼を確認しました。胸のあたりまで湖面が来ていた時には、私たちはやばい、溺れると思いました。すぐに大声をあげ、カヌーを離すように指示し、陸へ上がるように言いました。カヌーは沖に流されそうでしたが、運よく戻っていた生徒たちに頼んで彼のカヌーを持ってくるように指示しました。あのまま私たちが彼から目を離していたら、と思うと背筋がぞ〜とする思いでした。そんな時、私は彼を呼び戻し、怒ったのです。集団行動をとれなかった彼、ライフジャケットを脱いで湖に入った彼、カヌーを漕がずに歩いて湖に入った彼、もし、深みにはまって溺れたら…(彼は泳げません)そんな彼の行動を私は許せませんでした。

 

私は暴力がすべていけないことだとは思っていません。多くの親(社会)の中には、暴力は絶対にいけないと思っている方もいるでしょう。自分の子に手をかけたことがない親もいるかもしれません。しかし、命にかかわることに関しては「ダメなものはダメ」と私は言いたいし、話しても理解できなければ暴力で制する(気づかせる)必要があると思っています。(こんな事をブログに載せたら、生徒が減ると妻に言われそうですが…)世間で騒がしている今回の体操界のパワハラ問題におけるコーチの謹慎処分も同じカテゴリーだと感じています。命を預かるコーチの暴力はあってしかるべきもの、まして、幼少時代から教えているのならなおさらです。大人の言うことがその時は理解できなかったり、もちろん、成長過程で反抗期など精神的なものが判断を狂わせていることも事実なのですから。

 

学校教育(大学教育とは別)とは、知識を教えることだけではないと思います。その知識の獲得の過程や勉強の取り組み方(正しい姿勢)、考え方、さらに、将来の方向性など、教師が一人一人の生徒と真剣に向き合い、ともに考えていくことが本来の教育の姿だと思います。その過程において、ほめることはもちろん、厳しく叱るときもあるでしょう。そして、最終手段として体罰(暴力)もありえるのです。一概に、「暴力」という概念だけで、批判するのはいかがなものでしょうか。現実に現在の学校教育では「体罰」禁止という法律のもと、教師たちは本来の教師の姿をしていません。法律の名のもとに教師自身の行動が制限されています。これでは教育などできません。実際、学級崩壊など小学校の低学年から始まっています。今や、その逆に、大学教育でも授業崩壊がおこる始末です。当たり前です。生徒に迎合する教育。ほめる教育。体罰が許されない環境。モンスターペアレントが生み出すモンスターチルドレン達。これは各世代を問わず存在するのです。結局、自己中心的な親、子ども、家族、地域社会を生み出してきたのです。学校の教師が悪いのではありません。教師から体罰を奪った「優しい」「正義感を振りかざす」「真面目そうな」仮面をかぶった自称教育学者たちがこんな社会(教育現場)をつくったのです。(ちなみに、イギリスでは「体罰」が復活しました)

 

本当に生徒のことを思って叱った(暴力を含む)時は、決して生徒が教師を悪く思うことはありません。これは事実です。自分(本人)が悪いのですから。逆に、先生を信頼し、指導を仰ぐようになります。これは私の今までの経験から確かなことです。私自身も小学生の時、勉強のできない子を友だちといじめ、先生に殴られた経験があります。でも、子ども心にその先生のことを嫌いになりませんでした。今でもその先生のことは忘れていません。高校の時には、友だちがタバコを吸って、部活(サッカー)の顧問が私たちの目の前で彼をボコボコにしていました。しかし、その後、彼も私たちもその先生の事を嫌いになるどころか、いろいろな事をよく相談に行き、そして、信頼し、大好きでした。殴られた彼は、現在、6人の子どもの親として立派に生活しています。真剣に向き合ってくれた先生ほど生徒思いの優しい人だとその時は感じました。真剣に怒ってくれる人が一番大切な人だと言うことは、今も昔も変わらない人間の本質だと思います。

 

しかし、この事が理解できない多くの若者が増えたことも事実です。幼少からの子育てにおいて、厳しく怒られることもなく、ほめて、ほめて、話して、納得のいくまで説得して、常に子どもが家族の中心的存在として育てられると自己中心的な子どもになります。幼少時代は、好奇心旺盛で、何でもチャレンジし、いたずらしたり、親の目を引くような、または、親に気にいってもらいたいがために、自分の感情を押し殺して、親にほめてもらいたい一心でいい子を演じる子どももいます。それを勘違いして、うちの子はとても優しくて、聞き分けのよいいい子だからと言って、こどもの言いなり(子どもの言うことはすべて真実と思うこと、何でも欲しいものは買ってあげるなど)になってしまう親がいます。子どもは本来いたずらをして、親に怒られながら成長するのです。その繰り返しで、善悪の判断を覚え、親の厳しさを学び、社会に適応する人間となるのです。この過程を経ないで大人になると危険なのです。これは、決して一部の人だけのことではありません。勉強やスポーツができない人もできる人も同じです。だから、優秀な大学へ通っている人でも十分ありうる精神構造(自己中心的であること)なのです。

 

子育ての鉄則は「鉄は熱いうちに打て」ということです。正直、犬のしつけも同じだと思います。悪いことをしたら、すぐその場で叱ること。それも、幼いとき、可愛そうだからといって放っておいたらダメということです。大人になってから修正しようと思っても、より困難になります。幼いうちに「親の威厳」と「善悪の判断」を体得しなければなりません。

ですから、みなさん、勇気を出して、子どもに嫌われるのを覚悟で、厳しく叱りましょう。それが、子どもの将来を本当に考えた躾けです!!

子育て | 20:42 | - | trackbacks(0) | - | - |
やはり、体験授業を要求する親の子どもは…

やはり、体験授業を要求する親の子どもは…

 

昨日、体験授業のキャンセルの電話がきました。「誠に申し訳ないですが、体験に行かせたかったのですが、本人が行きたがらないので今回は見合わせていただきます」と

 

私たちは「案の定」ととくに感想もなく、面談をした時からうすうす感じていました。

 

母親から塾に電話があり、一度体験をしたい。実は他塾で現在勉強しているのですが、勉強の習慣が身についていないようなので。そこで、父母面談を実施しました。もちろん当の本人は不参加で…と思ったら親が本人を連れてきました。一緒に行きたがったのか無理やり連れてきたのかわかりませんが。

 

スポーツをやっている関係上、土曜・日曜日に授業がない塾で、さらに、本人は私立受験も視野に入れていると。しかし、親としては中途半端な私立学校に入れるつもりはないし、受験を考えたら土・日に塾があり、好きなスポーツができなくなるということで、たまたま港北学館のチラシを見て電話してきたと。中学受験とスポーツの両立は大手の塾では不可能。しかし、当学館も私立受験は対応していない。港北学館としては、私立受験を考えずに、しっかり勉強して公立のトップ校へ行く方法も、その間にスポーツの芽が出たときに初めて強豪高校へという道筋を提案しました。結構話は長くなり1時間以上に…当の本人はそわそわしだして落ち着きがなく、そのうちに「ねえ〜もう帰ろうよ」と母親に、母親は子どもの言葉を無視して、私たちと話をしていました。

 

正直、今まで面談中に「ねえ〜もう帰ろうよ」と親を促す子どもを見たことがありませんでした。彼はスポーツをやっているのです。本人の勉強について親がプロの私たちと話しているのです。母親も子どもをたしなめることもなくそのままの状態でした。

 

彼はスポーツが結構上手で、指導者から期待されているようでした。でも、彼はまだ小学4年生です。まだまだこれからどうなるかわからないのです。気も変わるし、怪我をするかもしれません。親はそれも理解していて、勉強をさせたかったと思います。だから、港北学館の扉を叩いたと思います。しかし、子どもの言うことが一番の親でした!小4の子どもの言いなりになっていたのです。そもそも、大人の話の中に子供がいること自体おかしい話です。退屈で、自分に不利な話は聞く耳を持ちません。苦痛でしかありません。結局行きたくないと考えるようになるのは当然の結果です。それとも、私たちが面白おかしく本人を誘導すればよかったのでしょうか?

 

私たちがいつも思うのは、親は子どもに何を望んでいるのだろうか?ということです。今回も、勉強の習慣を身につけ、中学へ行っても困らない学力をつけることが最初の目的ではなかったのか?大好きなスポーツと勉強の両立を図るためにここを選択肢として選んだのではないか?実際に、中学受験科を備える大手の塾へ通っているのだから。しかし、最終的には本人が気にいったところへ行かせるのです。小4生が気にいる塾?都会では、多くの塾が乱立しています。選択は自由です。昔は、近所の誰々さんのところ(塾)へ行きなさい!と選択の余地はありませんでした。地方に住んでいた人ならみんな経験することです。高校選びも大学選びも一番近くの〇×校へ…勉強しに行くのに好みなど関係ありませんでした。都会に住んでいるからそんな甘い考えがまかり通るのです。

 

私はいつも親に言っています。子どもが若いうちは、子どもに迎合するな!と…子どもの将来を考えたら、厳しく躾けないといけないと…理不尽と思えることもたくさん経験しなければいけません。「ダメなものはダメ」と諭さなければなりません。さもなければ、自分に都合のよいことばかり考えて、自分に甘く、他人(特に母親に)に厳しい人(攻撃する人)になります。そして、人生の壁にぶち当たったとき、すぐ逃げる行動をとるようになります。逃げても何の解決にもならないのに…嘘を平気で突いたり、人を騙したり、相手の気持ちなど考えなくなります。まして、勉強ができる子にはなりません。最近、有名な進学校へ行っても、犯罪に手を染める人が後を絶たないのは、もしかしたら、勉強さえできれば、親が子どもの言いなりになっているケースの人かも知れませんね!結局、親が子どもに厳しく接していないので我儘な人間に育ってしまうのです。そんな子供が大人になっても「親を親と思いませんし、先生を先生とも感じません」、昨年、当学館を首になった慶応大生は高校時代に「何でお金を払って(私立高校の授業料)、先生に叱られなければならないのか分からなかった」と飲み会の席で話していました。先生が「叱る」のは人生の生き方を教えるときです。決して勉強ができないから叱るのではありません。「このハゲ〜」と公設秘書にパワハラをした国会議員さんもこうした環境で育ってしまったのかもしれませんね。

 

一生懸命歩いてチラシを配布しましたが、この結果です。でも、港北学館の信念を変えるつもりはありません。「筋を通す」ただそれだけです。地域のみんなで将来を担う子どもを教育していきましょう!

子育て | 18:21 | - | trackbacks(0) | - | - |
苦情によって潰れる伝統???

苦情によって潰れる伝統???(少数意見の尊重が伝統を食いつぶす!)

 

自分勝手な思考の人間たちが、日本の伝統や文化を壊しつつある。

 

「少数意見の尊重」という多数決原理のお決まりの言葉があるが、民主主義といわれるこの社会において、あまりにも少数意見に敏感になりすぎて息苦しさを感じるのは私だけでしょか?次にあげる例は昨年ニュース番組なのでとりあげたものです。

自治体や町内会が行う年中行事の「おもちつき大会」が衛生上の問題?食中毒の発生を防ぐことが目的で中止に追い込まれました。

日本の風物詩のひとつである「除夜の鐘」もうるさいと苦情により廃止する寺社も

秋田の伝統行事「なまはげ」幼児虐待?「怖すぎる」「子どもを泣かすのはどうなの?」という若い親たちの反応によって、拒否する家も増えた。

保育園の女の子の着替えを男性の保育士にさせないで欲しいと苦情が…

花粉症の季節になり、大変つらい生活を強いられている人たちがたくさんいると思います。大人で10人に一人、子どもで3人に一人の割合でこのアレルギーが発症すると言われています。その対策で、様々なことが言われていますが、一番は「あまり清潔にしないこと」だとあるテレビ番組の医師が言っていました。つまり、無菌室で育てられた子どもは、さまざまな免疫力が弱くなるということだそうです。現代社会において、自然環境がどんどん失われ、コンクリートジャングルの中で生活するようになりました。当然、子供たちはきれいな環境の中で育てられることになります。そのことがアレルギーを引き起こす。当たり前のような気がします。自然の中で遊ぶことよりも、ゲームをしたり、テレビを見たりする時間が多すぎると思います。

当学館でも、キャンプやスキーなど様々な自然体験イベントを実施していますが、参加者が年々少なくなっているように思えます。というか、「喜んで行きたい!」と言う子が少なくなったような気がします。キャンプ場の「トイレが汚い」「虫が怖い」「毎日風呂に入りたい」「野菜が食べられない」スキーに誘えば「寒い所は嫌い」「御飯がまずい」「スキーは嫌い」「誰も友だちがいない」「面倒くさい」などなど様々な個人的な理由をつけて参加を拒みます。また、そんな事を言うたった一人(少数意見)につられて周りの人も不参加となります。はっきり明言しておきますが、できるできない、得手不得手はありますが、いろいろな事にチャレンジする子どもはやはり勉強もできます。いつも自分中心に考えて、自分勝手な思考で、親も子どもに迎合するようなお子さんは勉強もできないものです。当たり前です。そういう子どもは自分の好きなことしかしないからです。自分の嫌なことは極力排除しようとします。このような子どもには、私たち教師はお手上げです。人の話を聞こうとしないからです。自分中心に世の中が回っているからです。自由とか、個人の人権だとか言う前に、「人間は社会的動物である」という原則を知らないし、分からないのです。それでは教育はできません。

話が少しそれましたが、少数意見によってみんなが振り回され、敏感になってはまともな社会環境はつくれません。まして、子どもの教育にはマイナスに働きます。眠い中、大みそかだけ「除夜の鐘」を聞かせることで、日本の文化を感じてほしいと思いますし、この日は真夜中まで大人と起きていられるのだという成長感も味わってもらいたいとおもいます。秋田の「なまはげ」だって、子どもを泣かすことが目的で、その意味は立派な強い人間に成長して欲しいと願いを込めて行ってきたものです。親がその意味をきちんと理解して子どもへ伝えて欲しいと思います。子どもがかわいそうとか、子どもが泣くところを見たくないとか、そういう次元の物ではなかったはずです。いろいろな親の考えがあってもいいのですが、その子どもは明らかに社会に出ていくのです。自分勝手な協調性のない人間が仕事でうまくいくはずがありません。鳥かごの中に子どもを入れておくだけでは、子どもは世の中に飛び立てません。

少数意見に世の中が振り回されてはいけません。どんな指導者でも少数意見を尊重したうえで、みんなの(多数の)意見を確認して物事を進めるべきです。そして、逆に少数意見の人たちも一度賛否をとったならば、それに従うべきです。

あのトランプ大統領を選んだ自由・民主主義のアメリカ合衆国でさえ、選挙で一度大勢が決まったのに、少数意見(半数近くだが)に翻弄されているのです。アメリカ国民も潔くないと感じたのはわたしだけでしょうか?

子育て | 15:12 | - | trackbacks(0) | - | - |
高畑裕太容疑者について思うこと

強姦致傷容疑で逮捕された高畑裕太容疑者について

 

インターネット上で彼に関わったいろいろな芸能人が、彼の過去の行儀の悪さや素行の悪さを指摘し、親の七光りで芸能界入りしたと揶揄され。女手ひとつで育ててきたという美談も、甘やかされたバカ息子とバッシング。

上沼恵美子氏が、こんなコメントを寄せていた。「母親をなめた悪賢い悪人」「親が息子に対してホンマに怒ってない」「本当は親が張り倒さないといけないのに、それをしないと息子は分かっていて、楽な方、楽な方を選んできた。母親も芸能界も世間もなめてる。人生をばかにしている。許されない。」とまあ辛辣に息子も母親も罵倒している。

 

私はふと、今年の3月に行った説明会のことを思い出しました。

「ほめると子どもはダメになる。」「怒られなれてない子供が、怒られている意味が分からない、よって反省もしない。」「本気で怒られたことのない子供は、親を馬鹿にし、先生を馬鹿にし、大人を馬鹿にしている」

だから、家庭崩壊、学級崩壊が後を絶たない。それが、小学校、中学校、高校とどんどん学年を上げ、ついには大学でも授業が成り立たなくなっている。高いお金を支払って、淡々と授業が流れるだけで、そこには教育という人間形成の場はない。と最近の事情を説明した。

ほめるだけで子どもは育たない。時には厳しく、理不尽な要求もし、黙らせる。

そして、ダメなものはダメとはっきり言える親になって欲しいと。そういう環境で育った子供は先生の言うことも、大人の言うこともきちんと理解してくれる。もちろん、勉強だって同じこと、スポーツだって同じこと。一生懸命やれば必ず報われることを信じてくれる。

「子どもに甘い親は」高畑家だけじゃない。日本中、いや世界中にいる。教育の難しさは万国共通だ!貧しくても、経済的に豊かでも、精神(心)だけは厳しく躾けをするべきだ。その方法は千差万別だが、「子どもに迎合しないこと」だけは肝に銘じてほしい。そうでないと、同じ過ちが永遠に繰り返される。

子育て | 18:18 | - | trackbacks(0) | - | - |
「真面目に生きなければ死ね!」
「真面目に生きなければ死ね!」は言い過ぎか?
 
この話は、いろいろと賛否両論あり、不快に感じる人もいるかもしれません。妻ともその良し悪しをいろいろ話してきました。そんな時、ある一冊の本に出合いました。「ほめると子どもはダメになる」という本です。この本を読み進めるに従って私は確信を得たと感じました。私が言いたいのはまさにこのことだったのだ!と…
 
先日、国会議員の丸山代議士が、憲法委員会の中で「黒人大統領=どれい」という発言が
取沙汰され、野党や同僚の自民党まで「差別発言だ!」という事件がありました。
ことの真相はテレビ中継され、テレビで取り上げた個所が断片的で、丸山氏が伝えようとしたこととは真逆のとらえ方がされたらしい。
 
312日、港北学館の新年度説明会でも同じような感覚を覚えました。
説明会の内容で、最近の親子関係では「友達のような親子」や「子どもにとって一番の理解者である親」が増えたという話をしました。
それは、あまりよくないということを説明するために2つの例を挙げました。
 
1つ目はスリッパ事件:中3の男の子がスリッパを履かずに教室に上がり、私から注意を受けました。そのとき、生徒は「面倒くさい」と拒否しました。そのことに対して私が厳しく叱って家に帰しました。「その態度は何だ。ふざけるな。勉強なんてしなくていいから家に帰れ!二度と塾に来るな!」と…その後、親から謝罪の電話があり、塾を続けさせてくれと親ともども謙虚に申し入れてきました。自分の子どもの非を親が感じて謝罪してきたことは大変勇気があることでとても感心しました。ともすると、子どもの主張に言いくるめられ、子供がしたことを棚に上げ、罵声を浴びせた教師の責任を追及しようとする親もいます。
 
2つ目は「死ね!」事件:小6の男子生徒が、宿題を忘れ、漢字テストも毎回合格しない
で授業中に悪態をついていました。そんなとき私が「バカは死ななきゃなおらない」とその生徒に向かって言いました。その男子生徒は「人に死ねなんて言ったらいけないんだよ」といつもの言い返し、自分の非を全く認めないで、相手の揚げ足をとる。私はふざけて「ふざけるな、お前なんか死んでしまえ」と、案の定、生徒は「あ〜いけないんだ。そんなこと言ったら。お母さんが言っていたよ。人に向かって『死ね』っていったらいけないって、お母さんに言っちゃおう」と私を懲らしめようとして告げ口をするというのです。自分が宿題をやらず、テスト勉強もしてこないことを棚にあげて、こちらを攻めてくるのです。こちらも、案の定、母親からクレームの電話が来ました。うちの子どもに「死ね」と言わないでください。と…こどもの言動を真に受けて、教師に文句を言ってくるのです。
 
この二つの親の対応の違いが、子育てには重要であることを説明しました。たまたま読んだ「ほめると子どもはダメになる」榎本博明著 の中にも同じような例がありました。
※是非、この本を読んで下さい。子育ての基本が書いてあると思います。
1つ目の親は、自分の子どもの本質をしっかりとらえて、自分の子どもの非を真正面から受け止め、子供にきちんと諭してくれたのでした。そして、私がとった行動に対して、信頼をしてくれたのです。私の正論(教育的配慮)を信じてくれたのでした。
2つ目の親は、自分の子どもの本質を見抜けず、子どもの言うことだけを信じ、自分の子どもの正当性を主張してきたのです。まさに「ほめると子どもがダメになる」典型的なパターンです。自分の子どもが犯した罪についてはオブラートに包んだままで、正面から見ようとはせず、「死ね」という断片だけを切り取って、港北学館が躾けようとした言動を信じてもらえなかったのです。これでは、正直言って教育などできません。躾けもできません。
勉強をする以前の問題でした。
 
ここでの問題点は2つです。
一つは、子どもは、親に言えば何でも自分の都合のいいようにしてくれると考えることです。自分の気に入らないことがあれば、すぐに親に言って改善してもらえるという甘い考えを持つことになります。こういう子どもは親を、大人を馬鹿にします。もちろん、先生や目上の人も、大人を大人と思いません。ある意味、対等であると思い込んでいるのです。だから、自分の主張をすべて正しいと勘違いするのです。そして、厳しく怒られると逆切れするのです。反省などしません。だって、常に自分が正しいのですから。
二つ目は、親の子どもに対する期待感、信頼感が強すぎるという点です。昔「うちの子にかぎって」という番組があったと思いますが、「うちの子はいじめなどをする子ではありません」「うちの子が万引きなどするような子ではありません」「うちの子がそんなことをするような子ではありません」「うちの子が・・・」自分の子どもを信頼するのは決して間違っていません。親だけが子どもを守ることができる最後の砦です。しかし、子どもの自立を考えた場合、その精神構造を親が分かっていないと、甘やかすだけの子育てになってしまいます。子どもには何度も反抗期があるのです。親から離れたい欲求を当然のように持っているのです。ですから、親の言う通りには子供たちは動きません。良いこともすれば、当然悪いこともします。ですから、子ども時代はいたずらが大好きなのです。そんな時、やっていいことと悪いことの判断を親がきちんと教え込まないといけないのです。
「ダメなものはダメ」という絶対的な権威をしめさなければならないのです。そうすることで、まっとうな社会人になっていくのです。子どもを信頼するあまり、判断を緩めてしまってはいけないのです。
 
そんな話を説明会でしました。私の話があまり上手ではなかったのかもしれません。そんな中、最後に質問してきた親がいました。この親もやはり「子供に向かって死ね」という言葉はよろしくない。違和感があると意見を述べてくれました。
賛否両論があるテーマですが、「死ね」という断片があまりにも強烈すぎて違和感があったかもしれません。しかし、私としましては、この断片的な言葉だけで港北学館を判断して欲しくないと思いました。私たちは真摯に子どもの教育に取り組んでいます。決して、成績を上げるとか、志望高校に合格させるとか、それだけで勉強を教えているのではないということを分かって欲しいと思います。将来を担う子どもたちがそれぞれ社会に出て活躍できるように、社会性を養い、自分で勉強するスタイルを身に着けさせ、困難にも立ち向かい、それを乗り越えられる心の強い子を育てたいと思って、日々私たちは子どもたちと真正面からぶつかっているのです。当然、厳しいことを言うかもしれません。それが港北学館です。それにもめげない心の強さを日ごろから各家庭で鍛えて欲しいと思いました。
 
 
子育て | 20:42 | - | trackbacks(0) | - | - |
港北学館からのお願い!
お父さん・お母さん!子供を本当に甘やかさないで!
静かになるからと言って、幼い頃からゲームを与えないで!
外でみんなと遊んで、たくさん自然と触れ合ってください!
ゲームでは子育てはできません。ゲームでは心が育ちません!
 
岩手県で中1の子供が「いじめ」を苦に自殺しました。
学校の先生との交換ノートのなかで直前までSOSを発していました
が、先生は気が付かず、電車に飛び込み幼い命に幕を閉じました。
今年は、中学生が事件に巻き込まれたり、いじめを受けて殺される
という出来事が多くなったと感じています。
多摩川の土手で人気者だった男の子が殺されるケース。
つい最近では、中1の男女が殺された大阪のケース、
 
テレビでは、加害者だけでなく被害者の性格や行動を詳細に解説し、
その事件の真相を報道しようとしています。被害者の葬儀には
必ず多くの人の悲しみの声や、遺族たちのやりきれない思いを放送
しています。
 
しかし、私はふと考えてしまいます。
岩手県で自殺した子供はなぜ自殺を選んだのか?
先輩たちに多摩川で殺された子供はなぜそのグループに入ったのか?
大阪で殺された中1の男女はなぜ真夜中に遊んでいたのか?
そして、その時、親たちは(大人たち)は何を考え、何をしていた
のか?
たまたま、防犯カメラのおかげで、事件が解明されていますが、
周りの大人は見て見ぬふりばかり、自殺した岩手県の学校でも
事件が明るみに出れば周知の事実だった。
「いじめ」をその場で厳しく注意すればよかったのに…
夜、子供を外に出さなければよかったのに…
と思った方も多いと思います。
 
けれど、どうでしょうか?お父さんやお母さんが忠告したことを
自分の子供は素直に言うことを聞くでしょうか?もちろん、
年齢的には反抗期もあるでしょう。大きくなれば簡単に嘘もつく
でしょう。
今年もお祭りがあるからと言って、親の許可を受けて塾を休んだ
生徒がいます。終了テストの前日にお祭りに行ってテスト結果が
ボロボロの生徒がいます。
授業中スマホの電源を切り忘れ、着信音がなること度々。
さらに、大自然の中のキャンプに来ているのに、スマホのゲーム
をして一人たたずんでいる生徒。
テントの中で、みんなでトランプではなく、スマホのゲームで盛り
上がる。水が流れる音、山々の風景、小鳥たちのさえずり、友達と
の会話など関係ない、まず、スマホの電波状況の確認を優先する
子供たち。
 
これもそれもすべて親が許可した(許した)ことなのです。
男の子だけではありません。女の子もLineでのやり取りを
して、夜な夜な会話?をして寝不足になっているのです。
ここ数年、特に感じていることはやはりテレビゲーム、PCでの
オンラインゲーム、スマホのゲームなどをしている子の
精神的、情緒的な破たんが気になり始めました。
幼い頃からゲーム漬けの毎日、暇さえあればゲームをする
習慣のある子は、無気力、無関心、切れやすい(短気)、
我儘(自己中心的)、同学年より幼い傾向を示しています
よって、周りとの人間関係がうまくいかず、人間関係が面倒く
さくなって不登校になりやすく、結局、勉強はそっちのけで、
遊び仲間を探しに外出するか、家に閉じこもって引きこもり
になるか、どちらかになる傾向にあると感じるように
なりました。
私が港北学館を立ち上げて15年目を迎えようとしていますが、
そんな子がかれこれ7名ぐらいいます。
学力的には問題のない子でも、不登校になったり、いじめを
跳ね返せず、学校をかえたりしていました。そのために、
日本では、多額の費用が要求されてしまいます。
 
結論を言うと、親が、犬の餌のように、子供にゲームを
湯水のごとく与え続け、本来の生きる力を培ってこれな
かったのがこの問題行動の原因ではないでしょうか?
 
これは、子供の欲しがるものを湯水のごとく与え続けた
「甘やかし」の何物でもありません
テレビゲームしかり、スマホしかり、PSPDSしかりです。
私はこれが「ゲーム産業の功罪」だと思っています。
教育現場から考えるとやはりその使い方やタイミングを考え
ないと人間の精神構造に害を与えると言わざる負えない
と思います。
そして、怖いのはこの精神構造は幼少期から青年期までの間に、
徐々に培われ、これを治療するためには多くの時間と忍耐が
必要となることです。人就職など人生の生活の基盤をつくらなければ
ならない時期に、治療に専念しなければなりません。


ですから、映画のように18禁とか16禁とかの制限があるように、
ゲームも年齢制限を設ける必要があると思います。
8歳以下禁とか・・・・

 
実は、先に挙げた岩手県の自殺した子供は、複雑な家庭環境
もあってゲーム大好きな子供でした。ゲームが友達だったかも
しれません。ゲームでは叱咤激励まではしてくれません。
大阪で殺された子供たちは、スマホの電源を探そうと真夜中
商店街を
うろうろしていました。
 
子育て | 12:25 | - | trackbacks(0) | - | - |
「自分で勉強したら」パート2:親の決断編

「自分で勉強したら」パート2「甘やかす親の決断」

 

ロシアW杯予選が先日行われ、シンガポールと引き分けました。

格下の国に、さらに守りを固められた作戦に、日本はなす術を

もたず、応用力のなさが露呈した試合でした。

この試合に、わが港北FCの永井洋一氏も苦言を呈していました。

是非、港北FCのホームページで確認してみてください。

端的にいうと、習い事漬けの生活が、自分で考えることをさせず、

イレギュラーが起きた時、対応できない頭になってしまっている。

ということです。

 

まさに、勉強も同じことです。学校や塾で習った問題はできるが、

少し視点をずらした問題が出ると全く解けなくなったり、全く

考えることもしなかったり、すぐわからないと助け船を要求する。

自分で、問題を解決する、解決しようとする努力をしない。

そういう人が増えているような感じがします。

 

3月から6月にかけて小学生から通っていた高校生が辞めていきま

した。某予備校に行くそうです。

その理由は、
‥学館では試験科目の授業がないのが不安である
こと。
△修譴召貔賁腓龍技佞任呂覆、

G間のカリキュラムもしっかりしていないこと。

ぬ曄耕簑蠅魏鬚せるだけで、不安であること。などでした。

もちろん、大手ではないので優秀なスタッフを科目ごとに用意

できないのは、こちらの不備かもしれません。

現状では、高校生は英語と数学の授業しかありません。

先生次第で、理科の科目も実施しています。

しかし、港北学館が目指すものはそういうのではありません。

「自分で勉強できるものは自分で勉強する」です。

しかも、浪人生ではなく、高等学校へ現在通っているのですから、

学校の授業や先生を活用すればいいのです。

現代文・古典・世界史・日本史などの文系科目は自分で勉強

できるのです。いや、自分で勉強しなければなりません。

当然、高1、高2の過程で様々なアドバイスをしてきました。

早く自分のやりたいことを見つけ、どこの大学・学部へ行き

たいのか決めること。

本をたくさん読むこと。

2までに社会系・理科系はノートをまとめること。

学校の試験は真剣に取り組むこと。

全国模擬試験を定期的に受けること。

そして、「March(マーチ)以上を狙うなら、高2の段階で

センター試験の英語を150点以上とれないと無理だよ!」

などなど、具体的に指示をだしてきたのですが、当の本人たちが

動かなかったのです。そして、高22月に受けた模擬試験で

偏差値40以下…当の本人たちは焦り始めたのです。

自分の足元(実力)を初めて知って、さあどうしよう。

このまま港北学館にいようか、塾を変えようか?

いろいろ考え、親や友達に相談し、悩んだ末の結果だと

思います。

最後の決断は親のGoサインです。某予備校では65万円を先払い

だそうです。一度支払ったら返金はない。

親も覚悟が必要です。しかし、子供が悩んでいるのなら、子供の

ために65万円を了承してしまいます。

65万円だけではありません。講習代は別料金。なんやかんだで

80万〜100万の教育費です。

???

果たして、この費用を出すという決断が子供のためになるで

しょうか?また費用をかけて、子供が望む大学へ行けるので

しょうか?

異論はあるでしょうが、正直、私は否、Noです。

この決断は「甘やかし」のなにものでもありません

そもそも自分で勉強してこなかったのがすべての原因です

65万円は、浪人してからの費用にすべきだと私は思います。

まずは、自分でその責任を負わせる。そして、その時点で受かった

大学へ行かせる。もし、どこも受からなかった時、初めて予備校へ

行くことを許可する。これが子育ての筋だと私は思いました。

 

ふと、辞めていく生徒を見て

「港北学館は、高校生の授業料が安過ぎたかな?」と…

子育て | 12:29 | - | trackbacks(0) | - | - |
基礎体力の低下…あなたのお子さんは大丈夫?
子供の基礎体力の低下を実感した今回のスキーにて
 
今回のスキーで感じたことは、子供に基礎体力がないということ
とです。
倒れた自分の体を起こす。これに5分を費やすのです。もちろん
スキーの板やストックを持ちながらという特殊な状態で、しかも
初めての体験だったのですが、年々一人で起き上がれない子供が
増えてきたように感じます。普通なら、スキーをしながら何度も
転び、起き上がりを繰り返しながら、起きるタイミングやコツを
体得し、すぐに立てるようになるのですが、今回は最後の最後
まで進歩がなかったように感じます。もちろん、いろいろな
チャレンジをさせ、本人はやろうと必死でもがいているのですが、
当の自分の体が思うように動かないのです。
自分では一生懸命取り組もうとしているのに、体が言うことを
きかないのです。これは何を意味しているのでしょうか?
いわゆる脳と筋肉をつなぐ神経系に問題があるのでしょうか?
運動が得意な子とそうでない子
勉強が得意な子とそうでない子
英語(語学)だけが苦手な子とそうでない子
など様々な得手不得手があるのは現実です。
しかし、生きる基本である基礎体力が不足していたら、当然
スポーツも勉強もうまくいくはずがありません。
やはり、体力がすべてにおいて重要なのです。
体力があって、気力が生まれ、知力が身に付くのです。
体力がなければ、やる気も集中力もなくなり、よって持続力も
欠如し、結果として知力も育たないのです。
ですから、子供のころは外で思いっきり自由に遊ばなければ
ならないのです。
 
文部科学省が子供の体力の低下の原因についてつぎのような
報告書を掲載していました。
子供の体力低下の原因は?
ヽ惺山阿粒惱活動や室内遊び時間の増加による、外遊びや
スポーツ活動時間の減少
空き地や生活道路といった子供たちの手軽な遊び場の減少
少子化や、学校外の学習活動などによる仲間の減少
体力低下からくる問題点
/牲亠’修猟祺
(反射神経が低下し、危険回避能力が低下する)
脳の発達が未熟になり、人格的に影響する
(忍耐・冷静さの欠如・情緒不安定)
H酲の子供が増え、幼児期から生活習慣病
(糖尿病・高脂血症)を引き起こす
すの異常(骨密度の低下)ビタミンDの不足
ビタミンDは日光に当たることで生産される。
ゥ好肇譽垢砲茲訃評が増える→欲求不満耐性の
欠如による下痢、腹痛、不登校などの症状がおこる
そして、最後に次のようなコメントが・・・・
このように子供の生活習慣の乱れは、都市化や核家族化
、夜型の生活など国民のライフスタイルの変化によるものと
考えられる。深夜テレビや24時間営業の店舗など人々の
生活を夜型に導くものが世の中にあふれており、また、
大人のこのような生活に子供を巻き込んでいる家庭の姿も
見て取れる。・・・・
まるで、他人事のようなレポートに呆れるばかりですが、
その内容は納得のいくものです。さすが、国家公務員上級
を見事に合格した方々の論文は火の打ち所がありません。
その通りなのです。では、この現状をどうすればいいのか?
については掲載されていませんでした。あなた方官僚の皆様が
法律をつくり、政治を動かしているのです。「子供の体力低下を
憂慮している」のなら対策を打つべきなのです。が・・・・
報告書だけ作って、あとは知らんふり???
単純なことです。
ヽ惺山阿粒惱活動をなくす。つまり、小学・中学校受験の
ための塾をなくすこと。
→会社の経営者の方や政治家、医者、お金持ちの方は反対?
▲謄譽咼押璽爐筌好泪曚よびパーソナルなゲームを子供に
販売しないこと。
→ゲーム業界の方やゲームおたくの方は反対?
8立・私立問わず学校のグランドを一般に開放すること。
→学校管理者は他人が侵入することに抵抗?
じ園での遊びの制限をなくすこと。
つまり、自転車・スケートボード・サッカー・野球・ゴルフ
テニスなどの禁止を解除すること。
自由に遊ばせる環境をつくり、自己責任を負わせること。
→公園管理者は、責任を取りたくないので反対?
キ・い鮗損椶垢襪燭瓩法監視員などを常駐させること。
→予算がかかるので反対
μ觀燭寮験茲鬚覆すため、24時間営業を禁止すること。
→コンビニ業界の反発、深夜営業をしている業界の反対
Э写詒崛箸魘愡澆垢襪海函
NHK、民間のテレビ局の反対
など七項目を実施すれば、子供にとって健全な社会になる
のですが、
こんな規則をつくったら、世の中の人が猛反発するでしょう。
各業界からバッシングの嵐が起こるでしょう。
しかし、現在のあなた達のお子さんが、人間らしく生きてい
ないとしたら?精神的にも、肉体的にも健全な発達をしてい
ないとしたら?無気力で、短気で、無防備で、善悪の判断も
わからず、自分の世界に入って、他者と関わりを持たず、
自己中心的な考えのまま大人になっていくのです。
頭の良し悪しではありません。
それゆえ、現在、犯罪件数が減少しても、非社会的な犯罪が
増える傾向にあります。
ドイツで起きた副操縦士による飛行機事故。本人の自殺に全く
関係のない人まで巻き込む無神経な無差別殺人。
面白半分に寝たきり老人にいたずらをして、苦しむ動画を
配信するその無神経さ。
まさに、非社会的な犯罪の増加に目を覆うばかりです。
 
私が特に重視しているのは、幼児期から少年期にかけての
話です。中学生や高校生の話ではありません。
集団をつくり、自由な発想で自由に遊ぶ、みんなでルールを
つくり、異学年の子供たちがみんなでともに遊ぶことが必要な
のです。
鬼ごっこ、缶けり、ドロボーと巡査、六ムシなど昔は、頭と
体力を使う遊びがたくさんありました。
決して、大人のルールで子供を規制するのではなく、
大人が遊びを考えてあげることでもありません。
そこには、時間と場所と空間だけが必要なのです。
異学年で、しかも集団で遊ぶことで体力も知力もついて
いくのです。
小さいころからの遊びやいたずらを通して、体の使い方
頭の使い方を自然に学んでいくのです。そして、基礎体力
が身についていくのです。
くれぐれも、ディズニーランドやユニバーサルスタジオに
何度も子供を連れて行っても基礎体力はつきませんし、
体の基本的な動きも身に付きません。
やはり、自然が一番です。
ですから、「かわいい子には、旅をさせよ」なのです。
港北学館は子供に基礎体力をつけていきます。
 
子育て | 14:19 | - | trackbacks(0) | - | - |
3月7日 説明会で言いたかったこと
説明会で言いたかったこと!まとめ編
 
37日(土)の説明会にお忙しいところ多数参加いただき
有難うございました。
まだまだ話したいことはあったのですが時間の都合で
割愛しました。
要点をまとめるとこんなことを言いたかったのです。
ー己中心的な子供が増えたこと。
 利己的な考え、尊敬する人がいない、親を親と思わないなど
△修慮彊は「甘やかし」であること。
 子供の好きなことばかりさせてきた
 親がすべてにおいて先取り(準備)をしてしまう
子供に我慢することをさせなかった
子供に迎合して、何事も中途半端にしてきた
子供の能力差はほとんどないので、誰でも伸びていく。
い靴し、小学校の時の過ごし方(勉強・友達・遊び・しつけ等)
で将来が決まることも事実。
ゾ学校の時から勉強の習慣がない子を、勉強する子にするには
 時間がかかること。子供はいつ伸びるかわからない。
Δ茲辰董∧拔ができない子の親ほど、我慢し続け、信じ続け
なければならない。「自分の子供は伸びる、できるのだ」と
Г修靴董決して「勉強しなさい」と言わないこと。
 子供の人生を親が勝手に決めつけないこと。
┐△箸蓮∋笋燭繕軌蕕離廛蹐貿い擦討曚靴ぁ信じてほしい。
最近の入試では面接が課され、コミュニケーション能力が
試されている。
そのため、世の中の出来事を親と話し合ってほしい。
試されているのは言語能力です。聞く、話す、書く!
この入試傾向は良いことだと私(当学館)は考えている。
実際に、コミュニケーションが苦手な人が増えており、
 相手に気を使う人も減った。自己中心的な人は、当然
 相手にされなくなる。そして、我慢できない人は何事も
 成功しない。
それゆえ、港北学館では90分の授業で無駄な時間をつく
らないように、自分で教科書を読み、ノートまとめをし、
答え合わせを自分でするスタイルをとっているのです。
つまり、自分の頭を90分間フル活用させることなの
です。
最近の子供はすぐに答えを聞きたがりますが、当学館
ではすぐに答えません。自分で考えさせます。当然
時間がかかりますが、しかし、実力はつきます。
阿海譴鯊海韻譴佗ず、勉強ができるようになり、
実力が身に付きますが、当然、続けなければ何も身に
付きません。「面倒くさい」は禁句なのです。
中途半端に塾を辞めていく生徒がいますが、結局は
逃げているだけで良い結果(知らせ)をもらったこと
がありません。
吋櫂ぅ鵐箸蓮◆岾慳笋鵬ζ擦呂覆ぁ彙脇擦謀慘呂気擦
 ことしか成功はないのです。
欧修里燭瓩法⊃討了纏は我儘を子供に言わせないこと
 なのです。賢くて、たくましくて、我慢強い子に
育てなければなりません。
 
昨日も中3の生徒たちと合格パーティーをしに伊勢佐木町へ
行ってきました。
最初はボーリングで腹をすかせ、焼き肉食べ放題で腹を
満腹にしました。
皆で楽しいひと時を過ごしたのですが、やはり賢い子は、
ボーリングをやっても上手。
食事の時も気が利くのです。
皆で乾杯の前に、ドリンクを先に飲んでしまう子
先輩(コーチや先生)より先に、肉に手を付けてしまう子
皆でガスコンロを囲んで食べるのに、自分の食べたいもの
だけを運んでくる子など
このことは、やはり家庭でどれほど多くの経験をさせて
きたか、多くの人間に触れさせてきたかによるのではない
でしょうか?机の上の勉強や一人読書だけでは、周り人に
協調したり気の利く人間にはなりません。
そうです。家庭力、つまり親力が試されているのです。
 
子育て | 12:38 | - | trackbacks(0) | - | - |
自己中心的な子供が増えた?
「自己中心的な子供が増えた?」…問題提起編
     …子育ての失敗とは?
 
名古屋大学の女性(19歳)が「幼い頃から人を殺してみたかった」
という理由で77歳の女性を殺害した。
和歌山県で起きた小学生(5年生)殺害事件の犯人の父親は高野山
大学の教授で、僧侶、次期学長候補だった。そんな父親をもつ
22歳の無職の男性の犯行だった。
最近、「殺してみたかった」という利己的な理由で単純に人を
殺害する(願望を持つ)人が増えている。
そして、その犯人の家庭環境は、貧困ではなく、片親でもなく、
両親や兄弟もいるごく普通の家庭なのです。さらに、学力的にも
何の問題のないこちらも普通の人間なのです。
貧困が原因であったり、交際や仕事関係などでおこった恨みや
仕返しという動機ではないのです。
 
ごく普通の学歴があり、お金に困っていない人たちがなぜ
「人を殺したくなる」のか?
いずれの事件も警察・検察の取り調べをし、裁判が行われ
判決が下され、刑が確定し容疑者は刑務所へ服役するだけだ。
この件に関する親の育て方や接し方などの検証はまったくされ
てない。テレビのワイドショーで勝手なコメンテーターがその
意外性のある事件に個人的な感想を述べているだけである。
自分の子供が犯罪を犯す可能性は誰にでもあるのだという認識が
多くの親にないのではないのだろうか?他人事、他人様のことだ
と、自分には全く関係ないと感じているのかもしれない。
自己中心的な家庭が増えてきているのか?
昔は「向こう三軒両隣」のご近所は親しく家族ぐるみの付き合
いをしてきた。地域みんなで子供を育ててきたのです。
 
最近の東日本大震災の復興の件や沖縄辺野古の基地移設問題に
ついても、また、イスラム国の日本人殺害事件も他人事で、
政府の対応に異議や不満を言わない、行動を起こさない、
無関心で他人事だと思っている人たちが多いように感じられる。
自分で危険地域に行ったのだから、自業自得だ!
と言わんばかりに。
それは個々の地域や利害関係のある人たちは行動して
いるのに、国民的規模でその運動が広がりを見せないからだ。
色々な考えや賛否両論があって当然であるが、ネット上で
意見を書き込んでも事は動かない。(私も含めてであるが…)
 
実は最近、このちっぽけな学習塾でも利己的な子供が増えたと
感じている。もちろん、少子化や一人っ子が増え、親の愛情を
独り占めできる環境が整っていることは事実だ。
親は誰しも自分の子供を利己的な(自己中心的な)子供に育て
ようとは思っていないはずである。周りのみんなと仲良く
協調して生きていってほしいと願っているはずだ。
「いじめ」にあって欲しくないし、「いじめる」側にもなって
欲しくないと思っているはずだ。だから、
子供がそういう態度をとったとき必ず叱っているはずである。
にもかかわらず、他人から見て自己中だと思われる子供が多く
なってきたのはなぜか?
 
私が最近感じている利己的な子供の言動…
問題やその答えに文句を言う生徒が多い。
「この答えおかしいよ!」
「こんなふうに普通答えないし…」
勝手に授業に関係ないおしゃべりを授業中にする生徒が多い。
女子だけでなく男子もよくしゃべる。
当然、静かに取り組むように促しているが、一瞬だけしか
続かない。また、誰かがおしゃべりを始めると連鎖が起こる。
尊敬する人がいない。現在の子供たち。
尊敬するという感覚も概念も知らない、わからないのかも
しれません。
親を怖がらない子供たちの増加。
「怒っても怖くないし〜、逆切れするから」
「殴られたら殴り返すし…」…唖然!
親を親と思っていないふしがあります。
言われなければ玄関内の靴を整えない子供の増加
私の母親が授業中に帰宅し、よく生徒の靴を整えてくれて
いるのですが、毎回、整理されているのに自分から気づいて
整えようとする人が少なくなったということです。
靴を脱ぎっぱなしで教室に入り、授業後帰宅するときには
きれいに整頓されているのに気付かないのです。
言われたからやるのではなく、気づいたから自らするのです。
だから、あまり直接注意しないで見ていたのですが…
 
上の例はすごくちっぽけなことかもしれません。そのことで
勉強ができないとか、世の中に出ていけないとはいいません。
が、どうなのでしょうか?
 
利己的な人、自分中心の人が何故生まれるのか?
そして、様々な事件を引き起こすのか?
昔は子供を見れば親がわかる。その逆も…しかし、最近は
まったくわからないのです。そのことが問題だと思うのです。
親はいたってまともな普通の人なのに子供が犯罪を犯す。
何不自由ない生活を過ごしてきたのに、愛情をたくさん
注がれてきたはずなのに、なぜ子供たちが犯罪を犯すのか?
 
「子育てに失敗はない」と言う教育学者はいますが、果たして
そうでしょうか?
もし、自分の子供が人様に傷(いじめ)をつけたりしたら…
自分の子供がニートになって引きこもりになったら…
(自立していない大人の形成)
自分の子供が親(自分)や肉親を殺したら…
これこそ、子育ての失敗ではないでしょうか?
よく芸能人の子供が麻薬・恐喝などの犯罪に手を染めます。
「もう、大人なんだから、それは親の責任ではないよ…」と
言う人がいます。
(テレビのコメンテーターなどがよく言います)
しかし、子供は親にとってはいつまでも子供なのです。そして、
親は死ぬまで子供の親なのです。この関係は決して切れません。
ですから、子供の教育は大切なのです。
そして、その責任は大きいのです。この重さを最近の親は
忘れているように私は感じています。
 
では、どうすればこのような自己中心的(利己的)な成人が
誕生したのでしょうか?… 
 
To be continued…..
 
 
子育て | 07:41 | - | trackbacks(0) | - | - |



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